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今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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Midnight Zoo #31

 それからしばらくの間、航は窓ガラスに映る女性と他愛もない話をした。いや、他愛もないのか、そうじゃないのか、ふたりにとってもしかしたら、もうどうでも良いことなのかも知れなかった。
 時折、その女性も笑みを浮かべているのが、航にもわかる。彼女の笑顔を感じるたびに航も優しい気分になれるのがうれしかった。
ーどこで彼女と知りあったの?
ー晴香?桜子?
ーどちらでも。
 晴香のことを話すと少しややこしくなる気がした。
ーじゃ、桜子とはね、、、
 窓ガラスの彼女が身を乗り出してきたような気がした。
ー興味あるのかい。
ーだって人と人が知り合うのってさ、俗っぽいかも知れないけど、ひとつの奇跡だと思うよ。すれ違うだけの人、目が合ってもそれっきりもあるし、言葉を交わしても記憶にすら残らないときもね。
ーそうだね、知り合うのって、すごいな。
ーそして続くとか、続けるとか、もっとすごいと思う。そのためのエネルギーや時間を惜しげもなく使うんだから。限られた時間の中で、大事なエネルギーをその関係を維持するためだけに使うんだから。
ーうん。だから自分にとってその相手が大切な人になっていくんだろうね。
ーそういうことを経験してみたいんだ。
 ぽつりとその子が言った。
ーまだそんなことに出会っていないもの。
 大丈夫だよ、いつかそのうち、近いうちにそんな状況にばったり遭遇するよ。
 航はそう言えないもどかしさを飲み込んだ。
ー晴香と仲良くやっていけるといいのにね。
 彼女はちょっとだけ冷笑した。
ーわたしが居たことの記憶はずっと残るかしら。
ー忘れようとするかも。
ー正直じゃん。
 何か手はないものか、何かしてあげることはないものなのか、手は差し伸べられないのか、
 航は胸に酸っぱいものが湧き上がるのを感じた。
ー珈琲入れるよ。
 航がソファから立ち上がり、窓ガラスにもう一度視線を向けると、もうそこには彼女の姿はなかった。
 窓ガラス越しには白み始めた風景が見えた。
 数歩窓ガラスに近づくと、
「ありがとう」
 指で書いたような文字が窓ガラスに残っていた。
ーありがとう、か。
 結局これから自分は何ができるんだろう、航はそう思いながら書かれた文字を口にしていた。

(続く)
by hello_ken1 | 2009-11-29 16:11 | Midnight Zoo
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