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B.O.D.Y. #12
しかし、そこにミーはいなかった。 敷布団に窪みはある。ミーの気配も残っている。でもミーそのものは祐二の目には映らない。 「いるんだろ、ミー」 「いるよ」 「からだは」 「すでに朽ちてるよ」 「なんで成仏しない。どうしていなくならない」 「きみに会う前に成仏したら、一生きみはぼくになれない」 「ほんとにぼくはミーなの」 「そうさ。だってきみにはぼくと会う以前の、ここにもらわれてくる以前のこの家族の記憶はないだろう」 祐二が触れるのを避けてきた自分の記憶。観覧車以前の完全な思い出。家族旅行の思い出。アルバムには残っているがどうしても思い出せない記憶。でも、ミーとの思い出、それだけは祐二には鮮明に残っていた。 「そんな中途半端な、不完全な祐二を残してこの世界からは去れないよ」 「ぼくがもともとミーなのは、誰が知ってるんだ。お袋は知ってるのかい」 「あぁ、お袋はミーがいなくなったときから知っている。わかってしまうのは仕方がないじゃないか。ミーが関わっている記憶以外はきみにはないんだから。でもそれよりもお腹を痛めて生んだ母親の直感だろうな」 「ほかには」 「きみは十分に順応性があったんじゃないのか。気づいているのはお袋だけだよ。気づいても半信半疑、そこにミーが戻ってきた」 「でも微妙にミーとは違っていたよね」 「入れ替わりの影響だろう。祐二のもともとの剛毛もさらさら髪になってたしね」 祐二は涼子を思い出した。涼子の利き腕。確かに今の涼子は左右が逆になっている。 「でも、そんなん誰も気にしないよ。はじめはあれっ?って思ってもいつのまにか昔からそうだったと思うようになる。そんなもんさ」 涼子と同じことを言っている。 今の涼子も入れ替わり。今のぼくも入れ替わり。 涼子は涼子のすべてを吸い尽くし、涼子の世界に違和感なくは入り込もうとしている。 ぼくはただ思い出せない怖さで、かつての記憶に触れるのをずっと避けてきた。 祐二は整理しようと試みた。 親父はぼくを祐二だと疑わず、お袋はミーを見つけてきてもぼくをやさしく育ててくれた。つらかったかもしれない。本当の子供は猫となり、拾われてきた猫がお腹を痛めた子供の肉体にとりついている。 「感情が理解するまでにやっぱり大変だったよ」 「お袋のこと?」 毎晩のことだった。洗い物がすみ、家族全員が入浴をすませテレビに夢中になっていると母親はミーと一緒に縁側に出ていた。 「ミー、あなたは祐ちゃんでしょ」 ミーは母親の腕の中でその度のどを鳴らして耳をこすりつけていた。 「祐ちゃんがミーなのよね」 夜空を見上げる母親の頬には時折光るものがあった。 「でも、祐ちゃんは二つに分かれたけれど、どっちもこうして今そばにいるのよね」 「お袋はお門違いの恨みをミーにもたなかった。ミーがぼくにとってとってもいい友だちだってことを知ってたからね」 「でも」 「うん、母親としては耐え難いよね」 「ああ」 「その上、下手したら息子の死に目に二度も遭遇するんだよ。間違いなく寿命の短いミーの肉体で一回はね」 「そしてすでに一回目は訪れたってわけか」 「そうとも言うし、そうじゃないかもしれない」 ミーの肉体から解放された祐二の精神は、現在の不完全な祐二に過去の記憶を伝えるために意志の強さだけでこの世界にとどまっていた。宿題をやりたくなかったが為に飼猫と入れ替わってしまった祐二。何も宿題だけじゃない。その要素は随所にあったと元々の祐二は考えるようになっていた。 「お袋にはぼくの姿が見えるらしい。見えるっていうよりも、姿を感じるのかな。でも、そろそろ限界だろう。親父はこの部屋には入りたがらないけどミーの実の姿をここのところ見てないからね。親父がひとことミーは死んだとお袋に言えばお袋の細いつっかえ棒も折れてなくなるだろう。そのことを想像したくない。お袋の取り乱すのを見たくないんだ。人に言われて気づくってそんな辛いものはないよ。まぁそれでなくても長生きし過ぎなんだけどね」 祐二にもミーの姿は見えないが目の前に存在しているのは確かに感じている。この感覚に過去の視覚がだぶっているのか。祐二はお袋が哀れにも感じられた。 「ぼくの存在をミーに託すよ。過去の記憶から今日までのこの家での記憶まで」 「そうすればお袋は」 「うん、息子の半分を失うことなくミーの死を受け止められると思う」 「そしてぼくは順応してお袋の完全な息子になれるのか」 「たぶんね。ミーの肉体がなくなっている今となってはこれがベストの方法だろう」 祐二は思った。 ミーの中の祐二も本当は元の人間の肉体に戻りたかったのだろう。それはそうだろう。それが本来の姿だから。ミーの肉体がなくなってなかったら。老いぼれの肉体が、死期を目の前に控えた肉体が今ここにしがみつくように残っていたとしたら。ぼくはそんな先の見えすぎている肉体に戻らされるのか。 すでに肉体の存在しないミーが今の祐二の心の思いを聞き取り、すべてを理解しているような、そんな笑顔が祐二をつつんだ。目の錯覚でもない、そのとき祐二には確かにミーが見えた。 「そんな都合のいいことは起きないよ。結局、試せなかったけどね。お願いは一度きりってわけだろう、ふつう。神様もそんな暇じゃない」 「ぼくの思っていることがわかるの」 「きみの忘れている猫の、いや、きっと動物の能力のひとつじゃないかな。気持ちが読める。コミュニケーションの手段だろう」 そして、ミーが動いた。 祐二の足元に擦り寄ってきた。 「きみが来てくれたんで安心したよ。もうこれ以上、気を張ってここに」 ミーの声が途切れた。いきなりテレビのスイッチを切ったような、そんな切れ方だった。フェードアウトではない。スパッと切れた。その瞬間から足元にも気配は感じない。祐二は心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。視線を部屋全体に広げるが、ミーの気配はない。ベッドの上にもない。祐二は不安になった。記憶をまだ受け取っていない、なのに。部屋には呆然と立ち尽くす祐二だけが存在していた。 by hello_ken1 | 2005-11-20 11:50 | B.O.D.Y. | Trackback
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