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今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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そのひとの娘とあかいロゴ




 大通りから細い通りに入ってみた。何気に、でも、どこかできっと、あたらしい何かを期待して。

 そのひとの娘と離れて数ヶ月になる。離れる前からぼくらはすでに別れていたわけだけど、実際に物理的に遠いところに来てしまうと、単に別れただけの頃よりも余計に恋しくなる。
 ぼくが住まい始めたこの土地は2月だというのに暖かい。季節は冬なんだけど、日中はコートなんていらない。車で一時間も南にあがると海水浴をしている人もいる。
ーこのあたりもそのくらい温暖な街だよ。信じられるかなぁ。
 日本を出るときに一枚だけ持ってきたそのひとの娘の写真に話しかける。落ち着いたら、連絡する約束だった。付き合っていた頃にしたそんなことを、ふと思い出す。

 最近は朝、散歩にアパルトマンを出ると、向かいの建物の四階から元気のいいマダムがまぶしいばかりの笑顔で声をかけてくれる。挨拶以上の言葉はまだまだうまく聞き取れないけど、マダムも近所のみんなも人なつっこい。目が合うと何やら世話をやこうとしてくれる。何気に入ったこの通りも先週の今日、マダムが身振り手振りで教えてくれた。
「いつまでひとりでいるの。お兄さんの人生なんだろうけど。なにかに迷っちゃったら行ってごらん」
 明るくメリハリのある声で、きっとマダムはそんなことをぼくに言っていた、と思う。かなりのぼくの思い込みがあるかもしれないけれど。

 その通りがこの通り。小さいお店が軒を連ねる。東京の表参道だとショップって言うんだろうけど、この土地だとお店って言った方がしっくりくる。お店の並びには昔ながらの酒屋さんやハンドメイドの銀装飾もある。
 そんな中、カラフルなウィンドウがひとつ、ぼくの目をひいた。ウィンドウいっぱいに花が咲いている。足を止め、そっと目を凝らす。色とりどりの花はまだ未完成らしく、真っ赤なエプロン姿の若いお姉さんが一本さしては小首をかしげ、納得しては次の一本をさしていた。

 そんな様子をウィンドウの前でじっと見ていると、否応にもお姉さんと目が合ってしまう。なんとなく照れ笑いのような表情のお姉さんと、軽く会釈をするぼく。ぼくはお姉さんのその表情にそのひとの娘のはにかんだ笑顔を思い出し、あるものをバッグから取り出した。
「撮ってもいいですか」
 そう言ったつもりのぼくにお姉さんは満面の笑顔でポーズを決めた。伝わったようだ。そして、そのそのお姉さんの仕草もそのひとの娘に似ている。
 赤いシャッターボタンを押したレトロなポラロイドカメラから、まだ白いフィルムが音を立てて出てくる。
「日本にいる恋人に似ています」
 フィルムにそっと浮かび上がってくるお姉さんの笑顔を手渡しながら、ぼくは別れたはずのそのひとの娘のことを口にしていた。
「彼女とたべて」
 お姉さんはウィンドウで花束にしようとしていたキャンディを、そのひとの娘の分とぼくの分、ふたつ、ぼくに手渡した。
「一緒にたべなきゃだめよ」
 そんなお姉さんの笑顔に、そのひとの娘の笑顔を重ねるぼくがいた。
ーきみとぼくとの約束だよね。うん、連絡するよ。
 ぼくはお姉さんからキャンディを受け取ると、その赤いロゴを見ながら、そっとそのひとの娘に話しかけた。
by hello_ken1 | 2006-01-23 15:55 | そのひと
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