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今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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プロミス #35


Spiraled Canopy, originally uploaded by jogales.

 麗奈は診療所を出ようとした時に、記憶の奥に残していた声が聞こえた気がした。
「ママ、何か言った?」
 振り返ると母親は診療所のスタッフに挨拶をしていた。
 父親は迎えに来た表の車の脇に立っている。

ー今の声は何?
 麗奈は自分に違う症状が出始めたんじゃないかと、手のひらが少し冷たくなるのを感じた。
 由香からの連絡だと、近いうちに祐二から電話がかかってくるはずだった。
 それを聞いてから、ずっと楽しみにしていたのに、一時帰宅の今日までナースステーションに電話の取り次ぎで呼ばれることはなかった。

「やっぱりかかってこないのかなぁ」
 麗奈は毎日、洗面やトイレに行くたびに鏡に映る自分の姿を見て、何度となくため息をついた。
「約束したわけじゃないけど」
 境内での、そして新幹線のホームでの祐二の顔を思い出してみた。
「もう少し待ってみよう」

 数日前、担当の先生から一時帰宅の許可が出たものの、もしかして祐二から電話があるとすれ違いになって、もう二度と連絡を取ってくれないようなさみしい気持ちに、麗奈は包まれ始めていた。
 だから、うれしいはずの一時帰宅も、今回に限っては後ろ髪を引かれる思いを断ち切ることができないでいた。

ーでも、やっぱり変。
 明るい診療所の廊下なのに、いつもなら療養している患者さんが数人でもいるはずなのに、ひとりもいないなんて。
 診療所の車止めのところにいる父親はタバコを吸っている、でも。 
 母親はスタッフに笑顔でふるまっている、でも。
 みんな、動きが止まっている。
 えっ、なに?
 誰?
 この声は祐二くん?
 ちがう。
 明くんだ。

 その瞬間、麗奈の目の前の光景は渦を巻きだした。
 麗奈はあわてて目を閉じ、診療所の廊下に座り込んでしまった。
 麗奈の頭の中に、時間が逆回転するフラッシュバックが数カット、飛び込んできた。

「大丈夫、麗奈」
 麗奈を揺らす温かい手、そっと目を開けると、母親が自分を支えていた。
 こっちに向って走ってくる父親の姿も見えた。
ーママ。
 唇はどうにか動くものの、声になっていないのが、麗奈にも分かった。
「いいのよ。安心しなさい。パパもいるから。ちょっとソファーに座ろうね。久しぶりの帰宅だから緊張しちゃったのよね」
ーこんなことは今まで一度もなかったよ。
 麗奈は母親にそうも伝えたかった。
 意識をしてゆっくりと呼吸をしながら、父親の手につかまりソファーに腰を下ろした。ソファーのひんやりとした感触は、麗奈を少しだけ落ち着かせた。

 麗奈は母親に肩を包まれながら、数カットのフラッシュバックを1枚ずつ、ゆっくり呼び戻してみた。
 そのすべてのカットに明が映っていた。小学生の時、見送ってもらって以来だが面影はあった。
ーあぁ、明くんだ。
 懐かしく思えた麗奈が、逆回転での最後のカット、たぶん一番最初のカットを記憶から呼び戻した時、麗奈の足下は再び急に勢いよく、渦を巻き始めた。

「ママっ」
 麗奈にはもはや母親しか見えなかった。
「ママっ、明くんが」

 最後に麗奈が呼び戻した記憶のカットは、明が見えないくらい真っ赤に染まっていた。

(続く) 
by hello_ken1 | 2007-04-08 14:46 | プロミス
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