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プロミス #50「お袋っ」 背後に立っていたのは、明の母親だった。 ーどうして麗奈ちゃんに会いに来たの? 振り向いた時はいつもの優しい表情だった母親は、心配そのものの顔になり、ついには鬼の形相となった。 明が立ち上がって、母親に近づこうとすると、その人影はすうっと引くように消えた。 ー会いに行くとはね。 今度は自販機の方から声が聞こえた。少し暗い中、目を凝らすと自販機の横でおねえさんが腕を組んでいた。 ーまさかとは思ったけど。相手の都合を考えてもいい歳でしょ。 「でもさ」 確かに今日来たのは自分の都合かも知れない、と明は思った。 「でも、おれも麗奈もずっと会いたかったんだよ。麗奈だって会いたくておれの前に現れたんだし」 ー明だけじゃないでしょ。おれもずっと会いたかったんだから。相談もなしにひとりで会いに行くなんて、ひどくないか。着く頃になって、それもおれからの連絡でやっと教えてくれるなんて、それでも親友なのか。 「そうじゃないんだ、ゆうちゃん。そんなつもりじゃなかったんだよ」 ー好きだったんでしょ、ずっと。わたしを抱いた時も麗奈を思いながら抱いたんだよね。 明は目の前の葉子に大きく首を横に振ってみせた。 ー麗奈にちゃんと気持ちを伝えなさいね。約束だからね。 葉子が明の右頬に軽く唇をつけようとした瞬間、明の頭上で白い光がまばたき、周りの世界がすべてまぶしいくらいの明るさに包まれた。 「省エネ省エネって全部の明りが消える必要なんてないのにね」 看護婦さんが曲がって行った角のところに、婦長さんらしき女性とさっきの看護婦さんが立っていた。 その女性は苦笑いしながら、ロビーや廊下の蛍光灯のスイッチを入れ始めた。 「こんにちは」 まだ現実感を完全に取り戻しきれていない明に、看護婦さんは婦長さんを紹介した。 「あまり人の動きがないと蛍光灯は消える仕組みなのね。でも、きみに人の気配を感じなかったのかな」 婦長さんは人懐っこい笑顔をしていた。 「とにかく麗奈ちゃんにとってはじめてのお客様、ここに明るいイメージを持ってもらわないと。ただでさえ、病院や診療所独特の雰囲気は苦手でしょ。あなたが通りそうなところの明りは今すべて点灯したから大丈夫よ」 確かに病院の雰囲気は苦手だが、何に対して大丈夫と婦長さんは言っているのだろう、明はそう思いながら自販機の方向にちらりと目をやると、自販機も同様に販売中の点灯が確認できた。 「何も心配せず、麗奈ちゃんに会いに行っていいのよ」 婦長さんは優しく言葉を続けた。 「ここから中庭に出て、芝生沿いに左の方にまっすぐ行くと海が見えるわ。ほんの少しよ。見えると言うよりはそこに海があるって感じかな。潮風を感じるはず」 「海ですか」 明は不思議な気がした。電車を降りてずっとバスに揺られてきた。確かにこのあたりの地理には疎い、でも海がそんな近くにあるなんて思いもよらなかった。 「そう。そして、その海を眺めるように海に向ってベンチがいくつかあるの。その中でも一番見晴らしのいいベンチにきっと麗奈ちゃんは座っているわ」 「案内しましょうか」 看護婦さんの言葉に明は、大丈夫です、と答えた。 「すぐそこですよね。ここまで来たんだ、ひとりでそのベンチまで行ってみます」 ーそれに、麗奈がずっと生活をしていたこの場所を感じてみたいから。 明はふたりにちょこんと頭を下げると、中庭へと向った。 (続く)
by hello_ken1
| 2007-07-22 12:05
| プロミス
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