今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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カテゴリ:プロミス( 60 )

プロミス #60


, originally uploaded by only alice.

 おれは街に戻ると、普通に生活を始めた。普通の高校生として、普通の息子として、普通の男の子として。
 
「泉堂は先日旅行先で亡くなったそうだ。ご両親から連絡があった。密葬をすでに済ませているとのことなので」
 担任は迷惑そうな表情で言葉を続けた。教室内のざわめきの中、おれはあーくんの机を静かに見つめていた。
「小早川、お前、知ってたんだろ。いつもつるんでたんだからさ」
 同級生が友だち面して聞いてきた。
「知ってたら、何だって言うのかな」
ーなんだよ、こいつ。
ー昔からそうだよ。
ー相手にするのやめようぜ。
 教室の端の方にそんな声を感じた。
 ほんとの友だちじゃないやつの声は聞こえるって本当なんだな、おれはあーくんや麗奈の言葉を思い出した。

「明くんは残念だったな」
 父親が元気づけようとしてくれた。
「大丈夫よ。明くんはいつも祐二くんのこと、見ていてくれるから」
 母親もとても心配しているのがわかった。
 おれはふたりに、ありがとう、と言った。
「すぐに行かせてくれたから、間に合ったんだ。感謝してるし、ぼくは」
 でも、涙をこらえるのが精一杯だった。
 母親は夕飯はおれの好物だと、父親はビールを冷蔵庫から出しておれにすすめてくれた。
 もう大丈夫だよと、おれはビールを一口飲むと、ふたりにそう伝えた。

 葉子との関係だけが、変わってしまった。
 あーくんとの約束、それはこれからずっと実現させ続けるには難しいことだと感じていた。
 あーくんは麗奈のことが大好きで、麗奈の笑顔を絶やさないように、麗奈の側を選んだ。
 おれはどうだろう。
 おれも麗奈のことが好きだったことには、変わりない。ただ、あーくんほど飛び込める勇気はなかったし、飛び込むことを思いもつかなかった。自分で本当の自分の気持ちに気づかなかったのかも知れない。麗奈のことが好きなくせに、素直に口に出せなくって、葉子と付き合っていたのかも知れない。
 葉子がいつか思っていた気持ち、聞こえてきた響き、
ーじゃあ、祐二は誰のことが好きなの。
 葉子がいなくなってはじめて、葉子の勘は当たっていたんだろうな、と思うようになった。
 葉子とはこの街に戻ってくると、自然消滅的に、会う回数も減り、メールのやりとりもなくなってしまった。

「ハコちゃんと一緒にレイと明くんの墓地に毎年献花するんでしょ」
 隣で寝息を立てていたおねえさんが背後からおれの首元に唇をつけ、そうしなさいと言ってきた。
「それが明くんとの約束なんでしょ」
 おねえさんの柔らかな乳房が、おれの背中に優しく触れる。葉子と入れ替わるように、一人暮らしを始めたおねえさんとたまにこんなことを繰り返す。
ーハコとは別れたんだよ。
「ひとりじゃだめかなぁ」
「だめでしょ」
「おねえさんとじゃ」
「もっとだめ」
 誰かに言っておかないと、そのまま心の奥にしまい込んじゃいそうな、そんな弱いおれが、一度だけおねえさんに打ち明けたことがあった。
 それがあーくんとの約束、葉子には言えなかったその約束、さっきおねえさんがそうしなさいと言ったこと。
「今年こそ、ハコちゃんと連絡をとりなさいよ。去年も連絡してないんでしょ」
「もう連絡先も変わってるよ、きっと」
「そうかなぁ、まだこの街にいるよ、ハコちゃんは。たまに見かけるもの」
 おねえさんのベッドの上で、白く柔らかな素肌を目にしながら、変な気持ちがおれを包む。
「遠慮しなくていいのよ。わたしは隣のおねえさん」
 笑顔でそう言ってくれたおねえさんとおれは、唇を重ねた。

ーハコ、今年は連絡をするよ。ちゃと電話に出てくれるかな。
ー何言ってるの。わたし、ずっと待っているのよ。
ーあれからなんとなく気まずくなってただろ。
ーやっぱり明くんのことはショックだったもの。
ーうん。
ーわたしたちが優しい気持ちで手をつないでいないと、明くんも麗奈も安心できないよ。

 夢を見ていた。
 おねえさんのベッドで目が覚めると、おねえさんはもういなく、テーブルにメモが残っていた。
ーハコちゃんに連絡とりなさい。まだ間に合うわよ。楽しかったわ。
 まったくなぁ、苦笑いをしながらおれはそのメモを読んだ。
ーでも、そうかなぁ、うん、きっとそうだよね、由香ねえさん。

 通りに出ると、もうお昼近くで、残暑の陽射しはまだ肌に刺さるように痛かった。
「もしもし」
 少し日陰になっているガードレールに寄っかかり、ケイタイに向って葉子への言葉を復唱してみる。復唱だけでもけっこう勇気が必要だった。
「もしもし、祐二だけど」
 もう一度繰り返す。少し胸がしめつけられる気がした。
ー何やってんだよ、ゆうちゃん。
ーえっ。
 ケイタイから顔を上げると、腕を組んだあーくんと麗奈が向かいのガードレールに腰かけて、笑顔でおれを見つめていた。

(完)
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by hello_ken1 | 2007-09-30 09:20 | プロミス

プロミス #59


, originally uploaded by Lili Les Roses.

 その日の夜に、あーくんは眠ったまま、二度と目を覚ますことなく、自らのすべての機能を停止させた。その連絡をおれは葉子が泊まっているホテルで聞いた。
「明くんが亡くなったそうだ」
 連絡は麗奈のお父さんから受けた。お父さんの言葉数は少なく、感情が押し殺されているようで、無機質に響いてきた。しかし、1時間前におれはあーくんと最後の言葉を、この部屋で交わしていた。

ーほんとにこれでさよならだ。
 部屋の灯がかすかにまばたき、足元に冷気を感じた。葉子は金縛りにあっているかのごとく、身動き一つ、まばたきひとつしなかった。
ーそうか。さみしくなるな。
 おれは淡々としていた。それはあーくんも同じだった。既知の事実、動かしがたい、病室での会話で覚悟はできていた、だからだろう。
ーお互いな。
ー麗奈もそこにいるんだろう。
 冷気がひざ上まで絡んできた。
ー麗奈、もうさみしくないか。
ー、、、うん。
ーよかったね。
ーごめんね。
ーううん、麗奈の笑顔が、おれたちは大好きだったんだ。その笑顔が見たくてあーくんは今、麗奈のそばにいる。そして麗奈の笑顔をおれも感じることができる。これでよかったんだろうし、なるようになったんだよ。
ーそうかな。
ーそうだよ。
ーやっぱり祐二くんは優しいね。
 何が本当に優しい行為なのか、おれには判断もつかなかった。ただ、麗奈にそう言ってもらえるだけで、おれはおれなりに肩の荷が下りた気がした。ずっとずっと会いに行こうと決めていて、結局会いに行けなかった麗奈に対し、おれとあーくんが心に決めていた約束、それを果たせた気がした。あーくんの取った行動とはまた違うけれども、麗奈の笑顔が見える、それがうれしく、ほっとしている自分を感じていた。
ーゆうちゃん、そろそろ行くね。
ーそうだね。麗奈をよろしくな。
ーハコと仲良くやれよ。
 いろいろあったなと、おれたちは苦笑いをした。
ーそれから、あの事、頼んだぜ。
 右手にあーくんの温もりが伝わってきた。おれはその温もりに対し強く握り返した。その温もりもおれの手を強くつかむと、でも次の瞬間にはあーくんは一方的に力を緩めた。そして二度と握り返してくることはなかった。
ーおお。
 あふれ出る涙を、おれはぬぐうことはしなかった。

「今、行っちゃったんだね」
 葉子がおれの肩に頬を乗せてきた。
「ずるいなぁ、おとこの友情って。さんざんわたしを使っときながら」
 葉子が優しく微笑みながら、泣いている。
 おれは葉子の涙にキスをすると、そのまま抱き寄せ、ぽっかりと空いた穴を互いに埋めるかのように体を重ねた。

 翌朝、珈琲の温かい香りがおれを目覚めさせた。下のコンビニで買ってきたインスタントものだけど、と葉子はそっとベッドサイドに珈琲を置いてくれた。
「病院は?」
「行かないよ。さぁ、帰ろうか」
 おれと葉子は軽く唇を重ねると、ホテルを後にした。

(続く)
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by hello_ken1 | 2007-09-23 07:50 | プロミス

プロミス #58


innocence, originally uploaded by fernandadesu.

 葉子は「しょうがない人ね」とおれの首筋にキスを残し、病室を後にした。
「中庭にいるから、いつでも呼んでね」
 おれの足元に絡んでいた冷気も、葉子と一緒に病室から消えた。麗奈も中庭に行ったんだろう。
 しばらくすると病室の窓から、中庭のブランコに腰かける葉子が見えた。葉子は手を振っている。そして、葉子の笑顔はおれの心を穏やかにしてくれる。ブランコは後方の大きな木に守れて、葉子を陽射しが包むのも遮ってくれている。

 中庭に臨む窓から離れ、おれはもう一度あーくんのベッドサイドに腰かけ、あーくんの手を握りしめた。
「あーくんの言葉が直接おれの心に響いてくると、それはもう今までの友だち関係じゃなくなったってことなんだね」
 あーくんの表情は何一つ変わらない。
「あーくんとはすっごい友だちなんだから、もう全部わかってるだろうってことなんだよね」
「、、、わかってるよ。麗奈にずっと淋しい思いをさせてた責任を感じてるんだろう。あの日、新幹線のホームでおれたち約束したもんな、会いに行くってさ」
「でも、結局会いに行けなかった。麗奈の方から会いに来ちゃったね。そして麗奈はもうここにはいなかった。麗奈はこっちにもあっちの世界にもいけなくって、彷徨っているんだよね」
「だからってあーくんがあっちの世界に行くことはないだろう。おれと一緒に麗奈をもう一度見送ってあげれば済むことじゃないのか」
「どーなんだよ、あーくん。そんな説明もなくって、そんなことも一言も相談なくって、、、勝手にひとりだけ眠ってんじゃねぇよ」
 おれの指もあーくんの指も白くなるほど、いつの間にかに、おれはあーくんの手を強く強く握りしめていた。

 強く握りしめすぎていることに気づいて、少し力をゆるめた、その時だった。いきなりラジオのノイズがフルボリュームで聞こえてきた、そんな不意打ちがおれを襲った。
ーガガガガ
ーしょうがないじゃん。
ーガガ
ーずっと好きだったし。今も好きなんだから。
 あーくんがおれの手を握り返してきている。でも、表情は変わらない、眠ったようなまま。
ーゆうちゃんは、いつもだったら、人が思っていることを自分の意思ではないにしろ、たまに心でキャッチできてたんだろ。
ー。。。
ーそこに話しかけるのって、むずかしいんだね。麗奈が言ってた通り、今までおれたちだと普通だった「話さなくても分る」ってのが、今回はけっこう厚い壁になってるね。
ーその壁どうした。
ーとっぱらった。
ーそれって。
ーうん、普通の友だち、そして単なる知り合い、だよな。
ー。。。
ーもう会えないからちゃんと言わないと、それにゆうちゃんも直接おれの口から聞きたかったんだろ。
 その言葉をあーくんから聞けただけで、もうこれ以上は何も聞かなくても分るとおれは思ってしまった。あーくんもそう感じているようだった。
ー分ってくれるよな。
ー分ってたよ。でも少しだけ自信がなくて、もう一緒に遊べなくなると思うと、どうしても最後に話がしたかったんだ。それが単なる知り合いになることにつながろうとも。
ー忘れられちゃうのかな、おれ。
ーそんなわけないじゃないか。あーくんとおれだぜ。
ー忘れられないためにおれができることはもうきっとないんだろうけど、おれが忘れられないためにゆうちゃんにお願いがあるんだ。

 おれは「何でも言えよ。何でもきいてやるから」と、何度もあーくんの表情のない寝顔に向って繰り返した。

(続く)
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by hello_ken1 | 2007-09-16 11:33 | プロミス

プロミス #57


Snow White, originally uploaded by elizz.

 麗奈が自信あり気な、でも少しだけ淋しそうな表情を携えて消えて行ったあーくんの病室に目を向けると、そこには葉子が立っていた。
「考え事は済みましたか」
 ノースリーブの腕がやけに白く見えた。葉子が腕を組んで、病室の入口に背をもたれている。笑顔がやけに新鮮で、おれの気持ちがほぐれて行くのが分かる。
ーハコ、キスしてくれないか。
「やっぱり来たんだ」
「メール、読んでないでしょ」
「あーくんと話ができたら、読もうと思ってたんだ」
「それじゃ遅いよ。行こうっ」
 葉子はおれに手招きをすると進んであーくんのベッドサイドへ腰かけた。

 おれがさっきまでやっていたように、葉子はあーくんの手を握りしめ、でもあーくんに話しかけるのではなく、おれに顔を向けた。
「祐二がこっちを出てから、少ししてからかな。明くんがわたしに話しかけてきたの」
ーどうして直接、おれじゃないんだ。
 おれは少し苛立たしい、そして淋しい気持ちに包まれた。
「明くんは分かってるよ。祐二もそろそろ気づいてるかな」
「おれだけ、そう、なぜかおれだけあーくんと話せていないって事かな」
「うん」
ー麗奈も同じようなことを言っていたよ。
「ひとはいろんな思い出、忘れちゃうでしょ。そして楽しかったことだけ、そのうちそれも一番楽しかったことだけになって、もっともっと時間が経つと存在だけの記憶になって、さみしいけど、ひとってきっとそうなんだよね」
「だから、ハコはね、わたしなんかいろんな手段で忘れないように繋ぎ止めるんだと思うの」
「でも、祐二も明くんもずっとずっととっても友だちだから、そんな術を知らないんじゃないかな」
 葉子が間を置きながら、おれに話している。言っていることは麗奈の言葉とつながっている気がする。
 
 病室の窓のカーテンが揺れた。麗奈が揺らしている?でも室内の温度は下がらない。単なるそよ風が葉子とおれに触れて行く。
「キスしよ」
 葉子があーくんの手を離し、立ち上がり、おれの肩に両手をかけてきた。
 とても優しい暖かなキスだった。
「どんなことでもするわ。祐二の記憶にとどまるためには」
 おれに触れる葉子の胸が柔らかかった。

「話さなくてもわかっているはずだよって。明くんがそう言ってきたよ」
ーそのとおりだよ。あーくんが正しい。だっておれとあーくんだもの。でもね、確かめたいじゃないか。このままもう一緒にバカやれないんだぜ。勝手に自分だけ麗奈を独り占めなんてないだろう。
「うん、もうわかってるよ、ほんとはね」
 足元の温度が下がった気がした。近くで麗奈も聞いている。
「でも、言いたいこと、聞きたいこと、あるんだよ」
「十分わかっているのに、そうしたいのね」
 葉子の声がハモって聞こえた。葉子と麗奈が重なって、おれを見つめているんだ。
「言葉を交わさないと分らない、普通の友だちになっちゃうよ」
「思い出が少しずつ消えて行く、普通の友だちになっちゃうよ」
 おれは悔しい気持ちになって行くのを感じた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2007-09-09 11:10 | プロミス

プロミス #56


alone, originally uploaded by Kevin In Canada.

 病室を出て、おれは廊下のソファに腰を下ろし、麗奈の言葉を思い出していた。
 思い出しながら、視線をゆっくりと今出てきたあーくんの病室のドア、白い天井、そして床のピータイルに移した。床はさほど真新しくもないが、ワックスはきちんと適度にかかっている、そして中央から順に赤青緑の線が引かれている。外科は赤色、内科は青色、それぞれのエリアに行くと、きっと診療室の種類によって案内が色で細分化されているのだろう。病気を治療に、知り合いを見舞いに来る人たちが何気に目にする床は、そんな風に自然な輝きで、自分を主張するわけでもなく病院の一部として溶け込んでいた。

ー友だちだからだよ。
 麗奈はそう言った。
ー最高の、それも世界にただ一人の友だちだからだよ。
ー祐二くんが、明くんが、どっちかだけがそう思っているんじゃなくて。
「そんなこと考えたこともないよ」
ーうん、考えることじゃないでしょ。
ーでも、だから、そうなんだよ。明くんの心の声なんて聞く必要もないんだよ。ほんとの友だちなんだもん。
「コントロールして誰かの声を聞けるってわけでもないけどね」
ーそこまで本気で気にしたことはないじゃないの。
 麗奈が笑っている。
「そうだね。聞こえてくる声を利用して、何かをやろうってこともなかったし」
ーほんとの友だちだから、聞こえてこなくても明くんの気持ちは分かっていたはずだし、分からないときも、それはそれで信用しているから心配することもなかったんでしょ。
 おれは正直、そんなことを考えたこともなかった。いつも気持ちは一緒、それがおれとあーくんだった。それが普通だった。
「言いたいことは言う、話は聞いたげる、普通のことだよ」
ーそんなことないよ。
 麗奈の声が淋しげに響いてきた。
ーそんなことないんだよ。普通のことなんて、普通にはできないことの方が多いんだよ。
ー相談なんて誰にもできない。全部を正直に話すなんて、ぜったいできないんだから。
 背後の空気が小刻みに揺れている。
 命令しても振り返らなかった体が、そっとゆっくりと麗奈の方を向いた。おれの意思ではなく、おれの心がおれの体をそっと動かしたようだった。
 そこには、麗奈が、あの新幹線で最後に会ったときの麗奈のままで、でも、泣きじゃくっている麗奈がそこに立っていた。
「やっと会えたね。こんにちは」
ーばか。
「元気にしてたの」
 麗奈は涙でいっぱいの眼のまま、首をはげしく横に振った。
「間に合わなかったんだね」
 今度はゆっくりと微笑みながら首を横に振る麗奈。
ーおっきな願い事は、何かと引き換えなのかな。何かをあきらめなくっちゃ、いけないのかな。
「そんなことはないよ。いろんなことは比べたりできないんだから。比べられないものを引き換えるなんて無理じゃん」
ーわたしね、祐二くん。
「ん」
ーもうひとりは嫌なの。診療所のみんなは火に包まれたんだって、もう会えないって。パパもママもまだ心の底からわたしがいなくなったって信じようとしていないの。祐二くんも明くんも今を生きてるし。わたし居場所がなくって。誰もわたしのそばにはいない。
 麗奈の声色が変わった。
ーだからね、明くんはもう渡さないよ。明くんも側にいてくれるって言ってくれたもの。

(続く)
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by hello_ken1 | 2007-09-02 11:42 | プロミス

プロミス #55


Gaze, originally uploaded by Magander.

 翌日、おれはひとりであーくんのいる病院へ向った。途中、母親へは電話を入れ、葉子にはメールを打った。
「麗奈ちゃんのお母様からも、丁度さっきお電話をいただいたのよ」
 母親はおれが無事こっちに着いたことを知って、安心しているようだった。
ーあーくんも心配だけど、麗奈ちゃんには会えたの?
 葉子には昨夜麗奈の父親から打ち明けられたことをどう伝えようか、決めかねていた。
ー会えたよ。
 おれは、嘘ではないと、自分に言い聞かせて、麗奈からのメールに一言だけ返信をした。
 数分後、メールの着信をおれの携帯が知らせる。でも、そのメールの差出人が葉子であること、そして「麗奈ちゃんは元気だった?」と聞いてくる内容だろうことは容易に想像でき、そのメールはあーくんと会ってから開くことにした。あーくんの意識が戻れば、麗奈のことを何か話してくれるかも知れないと期待したから。

 おれは、小学校のときにあーくんに声をかけられたのを、病室で思い出していた。
「ゆうじって言うんだね」
「そう、こばやかわ、だよ」
「えっ、ゆうじって言うんだよね」
「あれ、今、こばやかわって呼ばなかった」
 初めて言葉を交わした時は、あーくんが心の中で「こばやかわ」と思ったことが聞こえていたはずだ。あれは不思議な感じだった。友だちになった瞬間はあのときだと確信している。それから一度もあーくんの心の声を聞くことはなかった。心に直接聞こえてくる他の人たちとどう違うんだろう。未だにはっきりとした理由はわからない。もともとそんな声が聞こえている事自体、あーくんしか知らないし、そのことをまわりに知ってもらおうとも思わなかった。だから、おれとあーくんが理由を分からない限り、他の人たちとどう違うかだなんて、知りようもなかった。

 でも、こんなときこそこの不思議な感覚がおれとあーくんの間で成り立って欲しいと思った。
「そろそろ起きようぜ、あーくん」
 どうすればあーくんが目を覚ましてくれるのか分からないおれは、とにかくあーくんの手を握りしめ、話しかけてみた。
「何が起こったのか、何を見たのか、教えてくれないと、前に進めないよ、あーくん」
 肉体的に動けなくても、意識だけでもこの肉体の中で目覚めているのなら、それこそおれの心に直接語りかけてくればいい。けど聞こえてこないのは、おれの心に問題があるのか、あーくんの方の問題なのか、今のおれには分からない。
ーあーくんの意識は一生懸命話しかけているのに、おれの心がブロックしていたら、どうしよう。
「あーくん、頼みがあるんだ。もしおれの声が聞こえていて、おれに何か伝えようとしているんだったら、この手をどうにかして握り返してくれないか。ほんの少しでいいんだ、あーくん」

 蝉の鳴き声が聞こえる。
 廊下を歩く看護婦さんだろう、そのゴム底のサンダルの音もたまに聞こえる。
 本来の面会時間までには時間がある。今、人の気配はしない。
 この病室はまだあーくんだけ。
 窓は開いていて、夏の午前中の少しひんやりとした空気が流れてくる。
 カーテンが微妙に揺れる。
 蝉の声が止んだ。
 また部屋の温度が少し下がった気がした。

ーあーくんは希望して、わたしと一緒にいようとしているのよ。
 おれの背後に麗奈の気配がした。
ーそれに、あーくんの声だけはあなたの心には届かないから。
ーえっ。
 振り返ろうとしたおれの体はおれの命令を聞かなかった。
ー教えてあげるね。

(続く)
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by hello_ken1 | 2007-08-26 18:57 | プロミス

プロミス #54


ruby avenue fire, originally uploaded by foreversouls.

 これから宿泊場所を探そうとしていたおれに、麗奈の両親は自分たちの家に泊まるよう勧めてくれた。
「わたしから小早川くんのご両親には電話を入れておくから」
 おれは麗奈の父親の厚意に甘えることにした。

 麗奈の家に着くと、母親はおれに「暑かったでしょう」と冷蔵庫から冷えた飲み物を出そうとした。
「ママ、ビールを頼む」
 母親はさほど驚かない素振りでおれの前にもビールグラスを置いた。
「祐二くんも、よね」
「あとは男同士で軽く飲んで寝るから。今日は暑くてママも疲れただろう、先に休んでてくれ」
 母親がおれの様子をうかがう素振りを見せる。
「ええ、まだ大丈夫ですからお先にどうぞ。ぼくは少しビールをいただいてから休ませていただきます」

 母親が奥に下がり、おれと父親が一二杯ほどビールを注ぎ合った後、父親はおもむろに立ち上がった。
「ちょっと来てくれないか」
 そう言って案内されたのは、麗奈の部屋だった。
「きちんと伝えていなかったね」
 その部屋に入り、差し出された椅子に、おれは腰かけた。
「由香ちゃんも混乱してるんだろう。彼女にもずっと連絡を取っていなかったから」

 麗奈の部屋は、おれと同じ歳の女子高生の部屋と言うよりも、幼い少女の部屋と言ったほうが違和感のない小物が沢山あった。ずっとこの部屋には戻っていないんだろうな、おれにそう思わせるには十分だった。
 父親は壁に貼り付けられたクレヨン画や、家族みんなで写っている写真をひととおり見渡すと、おれに視線を戻した。
「麗奈はもういないんだよ」
 突然、父親が絞り出すような口調でおれに話し始めた。
「もういないんだ」

 誰かがいつかおれやあーくんにそう言うだろうと予想はしていたが、麗奈の父親の口から聞かされるとは思わなかった。
 葉子の体を通しておれやあーくんと接触してきた麗奈、あの現象を信じることは麗奈に起こった何かを肯定することになる、それだけは肯定しちゃいけない、それをあーくんやおれは無意識に感じていた。あーくんはおれの知らないところでその何かを肯定したんだろうか、その結果が今日に結びついているんだろうか。

「実はもうずいぶん経つんだ」
 父親は麗奈のベッドに腰を下ろした。
「あの子がいつもの発作で、ある日窓ガラスを割ってね。はずみで母親の手首を傷つけてね。いや、大した怪我じゃないんだ」
 部屋の温度が下がった気がした。麗奈がそばにいる、一緒に話を聞いている、おれは車の中のクーラーの感覚、病室の涼しさ、そして今、それに似た温度感を肌に感じはじめた。

「母親は偶然だから気にしなくてもいいと、その日泣いてばかりいる麗奈を幾度となく、なぐさめたんだが」
 温度がまた少し下がった気がした。いや、確実に下がっている。
「その日の夜に診療所が不審火で全焼してね。麗奈だけ火事場から発見されなかったんだよ」
「じゃあ、行方不明なだけかも知れないじゃないですか」
 おれはわかりきった期待のない言葉を、父親に向けた。
「そう思いたかったよ。だけど二日後に診療所の先の断崖の下、海に面しているんだがね、そこにちょうど体半分、下半身だけ海に浸かった状態の麗奈が発見されたんだ。もう目覚めることはなくてね」
 父親の右肩のまわりの空気が、おれには溶けているように見えた。その空気を通して見える壁のクレヨン画がバレットで混ざった絵の具のようにゆがんで見えた。

「不審火の原因は結局分からずじまいなんだが、当時診療所にいた人は患者さんも看護婦さんも当直の医師も、不思議と誰一人として助かっていないんだ。全員焼け死んだのに、麗奈だけきれいな顔のまま」
 父親は少し言葉に詰まった。
 そのとき、父親の右肩のまわりだけでなく、部屋全体の空気が一瞬ゆがんだ気がした。
ーわたしじゃないのよ。
 麗奈の意識がおれの心に直接訴えてきた。
ー大丈夫、わかっているよ。
「麗奈はその不審火には絡んでないですよ、きっと」
「わたしもそう信じているよ」
 父親は力なく微笑んで見せた。
「ただ大勢の方がなくなった、そのせいだろう、みんな気味悪がってね、診療所跡はまだ放置されたままになっているんだよ」

 父親のまわりの空間がそっと揺れている。麗奈が父親を優しく包んでいる。
 そのとき、おれの視界に母親の姿が入ってきた。
「パパ、何を言っているんですか」
 母親は涙でいっぱいの真っ赤な目をして、いつの間にか、麗奈の部屋の入口に立っていた。
「麗奈はいますよ。生きているんです。だってわたし今日も話しましたもの」
 
(続く)
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by hello_ken1 | 2007-08-18 21:57 | プロミス

プロミス #53


wandering down the hallway, originally uploaded by Jaybert.

 看護婦さんに事情を説明し、とにかく一目だけでもあーくんに会わせてもらえることになった。
「他に患者さんもいないし、いいでしょう。でも、無理に起こしちゃだめですからね」
 麗奈の両親は、おれをあーくんの病室の前まで連れて行ってくれると、ロビーで待っているからとおれに告げ、病室の前から去って行った。

 ドアを開けると5つのベッドが空のまま、右奥にカーテンのかかったベッドがあった。ベッド備え付けのスモールライトがカーテンにシルエットを映しだしていた。
「あーくん、起きてるの?」
ー起きてるんだったら看護婦さんに知らせなくっちゃ。
「あーくん?」
 おれは部屋全体の空気の冷たさが気になった。この冷たさは覚えがある、さっきの麗奈の両親の車のクーラーに似ている。

ー何しに来たの、祐二くん。
 あーくんの隣のベッドまで来た時に、突然、強い響きが胸に届いた。
ー明くんを起こさないでよ。
 カーテンに映っているシルエットの輪郭がさっきよりはっきりしたように思えた。
「麗奈?あーくんのそばにいていれたのかい」
ーそうよ。
 返事に少し間が合った気がした。
ーずっとわたしが側にいたのよ。そして、これからもずっと。
 カーテンが揺れた。
ー明くんはわたしに会いに来てくれた。でも、祐二くんは違う。わたしじゃなくて、わたしに会いに来た明くんを連れ戻そうとしてる。
「あーくんは体調がよくないんだ。だからあーくん一人だと心配だから」
ーわたしは?わたしのことは心配はしてないの?
「そうじゃないよ。そうじゃないんだけど」
ーほんとはね、わたしが明くんのそばにいるんじゃないんだよ。わかってないな、祐二くんは。
 シルエットが一歩、ベッドから離れた。
ー明くんの方が、わたしのそばにいてくれているの。わたしがひとりぼっちにならないように、明くんがそうしてくれているのよ。
 カーテンが動いて、シルエットが、麗奈がおれに姿を見せようとした。

「電気は点けてもいいのよ」
 おれの背後で看護婦さんの声がして、病室の蛍光灯が眩いばかりに点灯された。
 その瞬間、シルエットがおれと看護婦さんの間をすり抜けて、病室から消えて行った。
 看護婦さんは何事もなかったようにおれに近づくと、一緒にあーくんのベッドサイドに来てくれた。
「いつ目覚めても驚かないようにこのスモールライトは点けているのよ。だって目が覚めたら真っ暗だったってのは誰だってきっと嫌でしょ」
 おれはスモールライトに照らされているあーくんの寝顔をのぞき込んだ。血色は悪くなさそうだ。
「でも、カーテンは誰が引いたんだろう。暑いと思ってオープンにしておいたのにね。あら?この病室は妙に涼しいわねぇ」
 窓でも開いてるのかしら、と看護婦さんは窓の確認を始めた。
 おれは、毛布から出ているあーくんの右手を握りしめると、その右手は温かく、おれに安心感を与えてくれた。
「あーくん、明日また来るよ。そして、起こしてあげるから。約束する。待ってな」
 
(続く)
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by hello_ken1 | 2007-08-12 19:44 | プロミス

プロミス #52


F train platform, originally uploaded by adropp.

 おれはあーくんの信号が消えたことを、表現を変えて両親に伝えた。
「学校のこともあるんだけど」
「ずっと友だちだったんじゃないか、祐二の気が済むようにしなさい」
「そうよ。祐二くんにとって何が大切かが重要なのよ。でも1日一回は電話を頂戴ね」
 そんな両親は優しくおれを送りだしてくれた。
ーふたりして元気で戻ってこい。
ー早くいってらっしゃい。
 ふたりの心の声がおれの胸に響いてきた。おれだけじゃなく、おれの友だちのことまで本当に心配してくれているのが、その響き方で強く感じられた。
「ありがとう。ちょっと行ってくるね。おれが行くんだもの、あーくんは大丈夫さ」
「そうだな。お父さんもそう思うよ。さっ、行ってこい」

 新幹線に乗って、在来線に乗り換えて、おねえさんから診療所に近いと教えてもらった駅に降り立つと、無人改札の先に一組の男女の姿があった。
「ゆうじくん?」
「小早川祐二くんかな」
 無人駅の改札前の街灯で浮かび上がったふたりの顔は、数年前の新幹線のホーム、麗奈を見送った時に見た覚えのある顔だった。
「わかるかな」
 確かにあのときよりも思っていた以上に歳を取っているように見て取れた。それはそうだろう、一人娘の治療とはいえ、会社を移りこの地での新しい生活を始めたのだから。でも、それ以上に抱えているものが、目の下、口元に現れている気がした。
「はい、小早川です」
「由香ちゃんから連絡があってね」

 電車を降りてからのうだるような蒸し暑さで噴きだした汗は、麗奈のおとうさんが運転する車のクーラーで一気に収まった。それは不思議な冷たさ、感覚だった。
「あーくんが麗奈に、いえ、明くんが麗奈さんに会いに行ったと聞いているんですが」
ーえっ。
 おかあさんの動揺が響いてきた。
 おとうさんはおかあさんに目配せをする。
ーわたしが話すから。
「明くんは今、市内の病院で休んでいるよ」
「元気なんですか」
「疲れているんだろうけど、ただ」
ーただ。
「意識がないんですね」
 おとうさんが運転席から後部座席のおれに顔を向けた。
「どうして」
「何となく、虫の知らせ、かな」
「眠っているよ。見つかった時からすでに眠っているんだよ」

 病院までの時間で、わかったこと、わからないことがある程度はっきりしてきた。
 麗奈のおとうさんはおれにあーくんの状況を説明することで自分の中でも今日起こったことを整理しているようだった。解決のしない整理、状況がより現実離れしている、それを再認識するだけだったのかも知れない。おかあさんはおとうさんがおれに説明する内容で、次第に嗚咽を漏らし始めた。
「着いたよ、小早川くん。もう遅いがどうする」
「一目だけでも」
 おとうさんは車を病院の裏口へ回してくれた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2007-08-05 14:08 | プロミス

プロミス #51


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 婦長の言った通り、中庭を離れると潮の香りが明の体を包んだ。そして、足元には優しい潮風が吹いていた。
 明の先方は一面の芝生の上にすぐ空が広がっている。その先から風が香りを運んできている。それはその芝の先が行き止まりで、眼下に海が広がっていることを、明に容易に想像させた。
 明は芝生の先にいくつかのベンチがあることを確認すると、今、通ってきた中庭を振り返った。
ーあれ。
 中庭は、いや中庭を囲む診療所をふくめて、霞がかかったようにかすんで見え、またゆらゆらと揺れているようにも感じられた。
ーまたかよ。
 最近この感覚がよく明に起こる。明は単なる夏バテかと思っていたが、どうもそうではないらしい。明はおねえさんの彼氏の診断を思い出した。そのとき、聞き覚えのある声が、肩越しに聞こえた。
「心配事でもありそうね、明くん」
「れいな?」
 聞き覚えのある声に振り返ろうとして明は、膝の力が抜け自分が崩れて行くのを知った。真っ白になる風景に自分を見つめているであろう人影と、頬にはひんやりとした芝生の肌触り、そしてその緑の匂いよりも強い潮の香りが鼻をついた。

「あーくんの意識が消えた、、、」
 葉子の部屋で服を着ながらおれの口からつい言葉が漏れた。
「どういうこと」
「あーくんに何かあったんだ、きっと」
「わかるの?」
「ただ、何かが消えただけ。わかるってほどじゃないけど。でもっと何かあったんだよ」
 心配な眼差しでおれを見つめる葉子の頬を掌に収め、柔らかい唇にキスをした。
「これから行くんでしょ」
「うん、行くよ」
「わたしも一緒に行ったら、だめかな」
 おれは葉子がきっとそう言うだろうと思っていた。
「だめじゃないけど、今回は留守番しててよ」
「ぜったいだめ?」
「何かあったら携帯に連絡するから。もしかしたらいろんなこと頼むことになるかも知れないし。そのときはきっとハコがこっちにいてくれてたほうが、何かと助かると思うんだ」
 頭のどっかで一個の信号が消えたままの状態、信号そのものはあるんだけど、何かが足りない感じ。おれは感触の悪さを抱えたまま、今度は葉子の額にキスをした。
「行ってくる」

ー白い天井、レースのカーテン。
 明はぼんやりとした意識の中で、周りの状況をイメージしてみた。
 体全体は気だるい感じで包まれている。起き上がるにはまだ早い、と体が囁いているのがわかる。視点も定まりそうにない。そんな中、左手に人影を感じていた。人影のイメージは温かく、優しい眼差しが伝わってくる。
「明くんもこのままずっとここに入院しちゃえばいいのに」
ーえっ。
「そうすれば、ずっと一緒にいれるのにな」
 明は残っている意識を耳に集中させた。
「さみしくなくなるのに」
ーそれもいいかも知れないな。
 再び消えゆく意識の中で、明はふとそう思った。
 
(続く)
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by hello_ken1 | 2007-07-28 16:42 | プロミス