今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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会いに行くよ



escalator, originally uploaded by squishy.

透き通るような白い肌の彼女が隣のエスカレーターで上ってきた。視線はエスカレーターの先方、上のフロアを向いている。
下りのエスカレーターのぼくは彼女の視界には入っていない。
ぼくはすれ違いざまに振り返り、彼女の背中を追ってみる。彼女の白いスカートには手のひらサイズの真っ赤な無数のバラがプリントされていた。

「台風は好きよ」
彼から紹介された彼女。そう言っていた彼女の名前もメルアドも聞いていない。
「だってイベントみたいなものでしょ。小さいときにお店の看板が飛んでいくのを見たこともあるわ」
後で彼に連絡先は確認すればいいだろうとたかをくくっていた。
「窓の外に見えるのよ。わたしの育ったところってそんなところなの」
日常茶飯事の話題のように彼女は話を続けた。
ぼくにない経験、彼女の話をぼくとふたりっきりでするとどんな展開になるんだろう、邪な思いも入ったまま彼抜きでのシチュエーションを想像しながら彼女の話に耳を傾けた。

結局、その夜は最後まで彼女から連絡先を聞くこともせず、彼は彼で連絡先については後日口にすることもなかった。

下りのエスカレーターが終わったところで、もう一度上りのエスカレーターに目をやる。
彼女がエスカレーターから足を下ろした、ちょうどその瞬間だった。彼女は振り返り、ぼくに手を振った。白い肌にくっきりと浮かぶ真っ赤なルージュが寂しげな感じをぼくに与えた。

地下鉄のホームで電車を待つ間、彼の携帯にメールしてみた。
−さっきあのときの彼女に会ったぜ
−ありえない
−ちゃんと手を振ってくれたから間違いない
−だから、ありえない
−どうして
電車に乗り込むと携帯電話のアンテナは圏外を表示した。

数年前のこのメール以来、ぼくは彼には会っていない。と言うよりも会えていない。海外転勤になったとも、田舎に帰省したとも、うわさは出たが、そもそも彼とぼくはいつごろからの知り合いだったかもよく思い出せない。
そんな彼から紹介されたあのときの彼女が今、ぼくのマンションのベランダにいる。

「最後にわたしが見た台風はね、わたしの家の裏山の木をね、全部なぎ倒したの」
彼女は西の空の満月をも隠そうとしている怪しい雲行きを見つめる。
「わたしは窓からその様子を見ていたの。わくわくしたわ」
雲行きから目を離さない彼女の前に、ぼくは自分のために入れたジントニックを差し出した。
「でもね、次の瞬間わたしの家を泥に埋めて、なぎ倒された大木がその上を」
−もう話さなくてもいいよ。
「そのときから誰もわたしに会いに来てくれないのよねぇ。この前の彼なんて口ばっかり」
満月の明かりが雲に遮られると、彼女の透き通るような白い顔は青白く宙に浮いて見えた。
−今年の夏休みはこの彼女に会いに行こう。
闇に溶け込んだ彼女に伝わるように、ぼくはジントニックのグラスを指でちょこんとはじいてみた。
「ぼくが会いに行くから」
蒸し暑い台風独特の風がベランダを通り抜けた。
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by hello_ken1 | 2005-07-31 15:11 | EndlessGoodTime

風の忠告



just waiting on a friend, originally uploaded by fubuki.

きみと待合室のソファーで順番を待っていた。
バスの中で見つけた蝶。その行方に自分の検査結果を重ねていたきみ。
きみはいつもより強くぼくの薬指をぎゅっとつかんでいる。

「どうぞ」
どのくらいの時を待ったのだろう。ドアが少し開くと診察を終えた患者さんと入替わりに、淡いピンク色の制服を着た看護婦さんがきみに声をかけてきた。
「ご家族の方?」
いえ、と首を横に振るぼく。
「じゃ、診察が終わるまでもう少しここで待っててくださいね」
きみはそっと指を放し、大丈夫だからと頷きながらドアの向こうへ消えた。
ドアの閉まる音がいやにひんやりと耳に残った。そんなことはないのに、病院の廊下中に響き渡った気がした。

ひとり残された廊下から、風景を切り取ったような窓が見える。
バスから降りたときにはまだやむ気配すらなかった雨がいつの間にか上がっている。
夏の太陽が、残っている雨雲の間から中庭の大木に、まぶしい陽射しを投げかけていた。
どこからか蝉の声も聞こえる。

−ひとりにしちゃだめだよ。ひとりでいちゃだめだよ。
蝉の声に聞き耳を立てていたぼくに、廊下を吹き抜ける風がそっと語りかけてきた。
−どうしてまだ気づかないの。早くお気づきよ。
風は何度も繰り返す。
その風のささやきをじゃまするようにますます蝉の声は大きくなった。もう耳をそばだてなくても蝉の声は廊下中に響いている。
そして中庭の大木が揺れた気がした。よく見ると大木の幹の周りに無数の蝉がとまっている。大木のすべての表面を蝉が覆い尽くしている。
−目で見ちゃだめだよ。心を感じなきゃ。
風はそう言うと、ぼくの足下で軽く渦をまいて消えた。

「大丈夫?」
風が消えた場所に診察を終えたきみが戻っていた。
「雨、あがったんだね」
きみが笑顔でそこに立っている。
そのときぼくは、きみの笑顔の向こうにある動揺をまだ計り知れないでいた。
−ひとりにしちゃだめだよ。心を感じなきゃ。
風の言葉がぼくの耳に残っていた。
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by hello_ken1 | 2005-07-30 14:14 | EndlessGoodTime

ピエロ

pierrot

ピエロがじっと立っていた。微動だにしない。
「動かないね」
「曲芸するだけがピエロじゃないでしょ」

きみとぼくは並んで公園のベンチに座っていた。木陰にあるベンチからはパノラマで海が見渡せる。
海を背にしているピエロまでの距離はぼくらから8メートル、まぁそんなところだろう。
ピエロは50センチほどの踏み台の上に立っているから、ちょっとだけぼくらを見下ろしている。
そのピエロは瞬きもしないし、視点の先はこちらからでは見て取れない。でもたぶん、ぼくらを見ている。

「動くかな」
「根比べだろうね」
ふたりで青く透き通る空と動かないピエロ、そして潮の香りのする公園の風を感じながら、ポップコーンをほうばってみる。
ぼくらと動かないピエロは互いに根負けすることなく、しばらく見つめ合っていた。

「動いちゃえばいいのに」
きみの手がほくの左手の薬指をぐっと強くつかんだ。
「根負け?」
ううん、きみはつかんだぼくの薬指を引っ張ってベンチから立ち上がり、動かないピエロに近づいた。

ピエロは突然のぼくらの行動にも微動だにせず、でも、視線は確実にきみに向いていた。
きみは赤いバッグからハンカチを取り出すと、ピエロのポケットにそっと入れる。
「ちょっとは動いて欲しいな」
その言葉に動かないピエロの視線が優しくなった。そして心なしか口元が微笑んでいる気がした。

きみはぼくの薬指から手を放し、微笑んでいるピエロに小さく手を振った。
「またね。よかったら使って」
確かに夏の陽射しが微笑んでいるピエロを照りつけている。

そんなきみを見ていると、ぼくの方こそ動かないピエロになってみたくなった。
「ねぇお茶しよっ」
きみはまたぼくの薬指を右手でしっかりとつかんだ。
今度はピエロの方がほくをうらやましがっている、そんな気がした。
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by hello_ken1 | 2005-07-23 00:37 | EndlessGoodTime

最初の一枚



malta boy, originally uploaded by hello.ken1.

最初の一枚と最高の一枚。あるカメラ本でこんな言葉を目にしたことがある。以来、この言葉は脳裏から離れない。
最高の一枚は都度更新されるだろうし、更新できればいい。でも最初の一枚は先にも後にもそれしかない。
だから最初の一枚は思い出に残るものが撮れればいいなと思う。

リペアから戻って来たおやじの形見のカメラにフィルムをセットする。
ファインダーに目を着ける。シーリングファン、リビングのグリーン、ドアノブ、思い出の写真、この前買った靴。
一通り部屋中にピントを合わせてみる。いつもの自分のカメラで軽くシャッターを押す感覚、それを感じない。
ガラス戸を押し開けてバルコニーに被写体を求めてみる。アガパンサス、蘇鉄、ローズマリーそしてオリーブ、どれも今日はしっくりこない。
戻ってきたこのカメラの最初の一枚としてはインパクトに欠ける。
メーカも難色を示していたこのカメラがせっかくリペアできたんだから、そんな気持ちがぼくの中で空回りしているのか。
ふと足下を見ると自分の影の色が濃いことに気づく。日差しが強くなったんだ。

バルコニーに放置している木製のテーブルにカメラを置き、ぼくはイスに腰掛ける。
前方に見える森林公園の森の緑も濃くなってきている。
もう数週間もすればもくもくとした緑がここからでも見て取れるだろう。
夏はそこまで来ている。

もう一度カメラを手に取ってみる。
今度はファインダーを覗かず、ボディ全体に目をやる。
するとリペアに出す前まで気づかなかった細かいことに気がつく。
小さいけれど角の塗装ははがれている。
シリアルナンバーの刻印も渋い。
144023、数字だけで管理できていたんだ。最近の製品ははじめからアルファベットも使っていると言うのに。

不思議な感覚がぼくを包み込む。
このカメラをこう持って、こう覗いて。
ぼくを笑顔で撮っていたおやじのやり方、そうか、こう構えていたっけ。

最初の一枚、おやじはこのカメラで何を撮ったのだろう。物じゃなく人物、きっとおやじのことだ、お袋なんだろうな。

うん、ぼくもそうしよう。
今週末のぼくの誕生日まで待って、最初の一枚はきみの写真を撮ることにしよう。
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by hello_ken1 | 2005-07-17 11:00 | EndlessGoodTime

STAND BY YOURSIDE



Bathroom towel, originally uploaded by anticilantro.

インターフォンからきみの声が聞こえた。
「今、開けるからね」
ぼくはきみのマンションの鍵を持っていない。あえて渡そうとも受け取ろうともしないぼくらの関係。

上層階でエレベータを降り、きみの部屋の前に立つ。
ドアは赤い色。一歩間違えばきつすぎるほどに鮮明な赤い色。左右の部屋のドアは右がオーシャンブルー、左がとっても新鮮な卵黄を思わせる黄色。これらはこのマンションオーナーの趣味らしい。
待ちかねたように勢いよくドアが開いた。
「びしょびしょになったんだからぁ」
やっぱりね。車の中で想像したとおりの台詞をきみが口にする。
ズボンも履いていなくTシャツを羽織っただけの姿のきみは、ブルーのバスタオルを頭からかけていた。

「残業は?」
「うん、作業が明日に延びたから急きょ中止」
そのせいでね、と濡れた髪の毛をバスタオルでもぞもぞと拭いている。
ピンクのかさは突然の大雨にその役割を十分に果たせなかったのだろう。
乾ききっていない前髪の間から覗くきみの目は、どうもぼくの右手が気になるらしい。
しょうがないなぁ。
「今日はぼくよりもこれだろ」
肩をすぼめ、両頬にえくぼを作り首をかしげるきみ。
はい。そう言って、店員さんが雨に濡れないようにビニールをかけてくれた袋をそのまま手渡す。

「あったの?」
はやる気持ちを抑えながら、それでもきみはいつもより少しばかり急いでいるふうに、袋をそしてその中の箱を開けた。
「まだあったんだ。よかったぁ」
箱から取り出し、左腕にかけて見せるその赤いバッグは、セクシーなTシャツ姿なんてモノともしない。
きみの感性と同化するように、そしてすでにきみの一部になっている。
「ありがとう」
赤いバッグを持ったままターンするきみのTシャツの背中には「STAND BY YOURSIDE」、そう大きくプリントされていた。
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by hello_ken1 | 2005-07-16 14:38 | EndlessGoodTime

きみ



Late Night, originally uploaded by yotababy.

真っ赤なワンピースを着て、ぼくを追いかけてくる先生がいた。
雲梯にぶら下がるぼくを支えてくれる先生がいた。
そして、先生は上り棒の下で心配声で応援してくれた。
どうして今ごろ、急にあの先生のことを思い出したのだろう。
そんな思いを重ねながらきみを見ていた。

きみは食べ終えた食器を片付ける、珈琲か紅茶か尋ねてくる。

いつもなら、どんな夜更けでもぼくを呼び出すきみが、今夜はきみの方からこの部屋へやってきた。
いつもなら、ぼくの入れた珈琲を飲みたがるきみが、今夜は不慣れな手つきで豆挽きからやっている。

先週はきみとの時間をとれなかったね。
そして、来週末のぼくの誕生日には一緒にいれないからと、きみは今、ここにいる。
そんなきみを見ているだけなのに、あの頃の、すっかり思い出すこともなかった記憶が蘇る。

そう言えば、何をやるにも弱気なぼくに、あの先生はうしろからぼくを抱きかかえ言ってくれてたっけ。
大丈夫よ、先生が応援してるから。
きみもきっとそうなんだろう、きっとぼくを応援してくれている。

昼間手入れをしていたカメラを取り出し、そのファインダー越しに珈琲を入れるきみをみつめる。

やめてよ、はずかしいから。
大丈夫、見ているだけだよ。

きみが入れてくれた珈琲は、ぼくのより少しばかり苦かった。

どう。
きみの味だね。いい味だ。

夜明け前、目を覚ましたぼくのとなりにいるきみは、猫のように丸くなって寝息を立てている。

ぼくもきみを応援してるよ。
カーテンのすき間から差し込んでいる月明かりが、きみの横顔を優しく映し出していた。
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by hello_ken1 | 2005-07-10 06:04 | EndlessGoodTime

聴きに来て、ね



17, originally uploaded by eye_v.

「フルートの発表会があるの」
きみのまなざしは既知のことでしょと物語っていた。
突然の話題にぼくはさっきまで話していた赤いバッグの話と、どうリンクするのか困惑した。
「だからね、一年間のスクールの成果を発表するんだよ」
ますます既知の事実だとテーブル越しに身を乗り出してくる。
初耳、ぼくは苦笑いを浮かべる。
きみは隣のイスに置いていた何やら小柄なショルダーケースに手を伸ばす。その黒い革のケースはイカシタ女性を演出している。
ぼくからはきみの後ろに、カフェの窓を通して力強く青々と茂った並木が見える。木々の間に差し込んでいる陽光は以前よりまぶしさを増している。
初夏になったんだ。
「ねぇもしかしてサマーコンサート?」
ぼくが尋ねる。
にっこり頷きながら、きみはショルダーケースのファスナーを開ける。中からはきれいに手入れされているフルートが顔を出してきた。
「聴きに来て、ね」
上目遣いにぼくをみるきみは、次の瞬間には背筋をちゃんと伸ばし、ぼくに演奏の姿勢をとって見せた。
「様になってるじゃん」
自然と言葉が口についたぼくに、きみの頬が少しピンクに染まった気がした。
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by hello_ken1 | 2005-07-09 05:32 | EndlessGoodTime

雨がやみますように



storm cloud, originally uploaded by wodaking.

「雨がやみますように」
受話器の先で、きみがそうつぶやいた。
「おはよ」
「さっきのは何?」
「あなたから電話が来ますようにって」
「いや、そのまえ」
「雨、まだ降ってるね」
確かにかすかに雨音がガラス越しに聞こえる。まだ上がっていないんだ。
「待ってた?」
「だって、酔っ払いさんを電話のベルで起こしちゃ悪いでしょ」
でも、大きく頷くきみの仕草がなんとなく見える。
ぼくは冷蔵庫からペリエを取り出し、渇いたのどをちょっと潤す。
「ほんとはね、待ってたんだよ、電話が来ますようにって」
めずらしく素直に気持ちを打ち明けるきみ。
少し二日酔いのぼくは、ほんの少しだけ罪悪感を感じる。
でも、何も後ろめたいことはない、ただ、きみを待たせたみたい。
「今、ひとつ、願いがかなったの」
もうひとくち、ペリエを静かに口にする。
「電話、ありがと」
その声にきみの笑顔がとけこんでいる。
窓から見える西の空が少し明るくなってきた。
「大丈夫、もう少しこのまま話してたら、雨はあがるよ」
「うん、雨がやみますように」
今度ははっきりときみがそう言った。
ぼくは受話器を耳につけたまま、もう一度西の空に目をやった。
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by hello_ken1 | 2005-07-03 04:43 | EndlessGoodTime