今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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B.O.D.Y. #9



Rain Drops, originally uploaded by Anuntij.

−ゆうじ、ゆう、じ、なの?
−えっ?
−ゆう、じ、なんで、しょ。わか、る、わ。
−、、、
−わ、た、し、、もう、だめ、みたい、な、の。
−りょうこ。
−いま、まで、、、わが、ま、ま、ごめん、ね。あり、が、と、、、

 突起物の痙攣は止み、祐二が突起物から手を放すと、塊全体に吸収され、塊自体の震えも止まった。震えの止まったゼリー状の塊は次第に輝く透明な水となり床の上に水溜まりを作った。
「今のはなんだ」
 祐二は不安から生じる苛立ちをあらわにした。
「この塊は何だったんだ」
 床の上の水溜まりをさしながら、涼子に詰め寄った。涼子は高飛車な微笑みでそれに答えた。
「だから、この、」
 指差す先の水溜まりはすでになく、目を凝らさないと解らないほどのしみが残っているだけになっていた。
「何のことかしらね」
 涼子は右手でまた黒髪をかき上げた。
「涼子をどうした」
「涼子はわたしよ。わたしが涼子」
「じゃあ、ここにあった塊は何だったと言うんだ。あれが涼子だよ。形は違ってもあれがぼくの知っている涼子だ」
 涼子が髪をすくった。
「涼子の真似をしてもだめだよ。彼女は、本物の涼子は左利きなんだから」
 興奮を押さえ、相手の弱点を指摘したつもりの祐二に、涼子はほくそ笑んでいた。
「そんなのに気づいて、気づいたとしても疑っているのは祐二だけよ。みんなそんなこと気にも留めないで、時がたてば、涼子は右利きだったんだ、って思うようになるものなの」
「それにね、もっと言ってしまえば、ほくろの位置なんかも全然逆よ。変えようもないほくろの位置がね。こっちの方が問題だと思うけど。でも、誰も気になんかしない。そんなものなのよ」
 祐二は涼子の右腿のほくろを思い出した。確かに左足を上に組んでいる目の前の涼子の太股にそれと同じほくろが見える。左腿にはほくろなんてなかった。
「そう、言われてやっと気づく程度なのよ。言われなければ、気づいても誰でも知らず知らずに自分の方の過去の記憶を修正しちゃうのよ。そうね、いい例が祐二の家族の人たち、とりわけ、お母さんかしら」
—お袋がなんだって言うんだ。
「そして、極め付けはあなた、祐二自身よ」
 祐二は一瞬虚を衝かれた。
—今、この涼子は何て言った。ぼく自身。
 足下で大地が揺れる気がした。自分が雲の上にでも立っているような気もした。握力も抜けていくような。
「見事よねぇ、飼い主の体をコピーしたにしちゃ。自分の記憶まで書き換えちゃうなんてね。よほど用心深かったのかしら、ねぇ、ミーちゃん」
 白い天井、淡いブルーのカーテン、部屋の奥まで射し込むオレンジ色の斜光。静かに揺れるカーテン、油蝉の泣き声。カーテンの合間から見える夕立前の雷雲。

 あれも夏。
 祐二は倉庫の屋根でいつしか寝入っていた。Tシャツも汗を吸い尽くし、夕方のそよ風が友だちのミーを捜しつかれた祐二をなぐさめていた。そよ風が吹きすぎると上空の入道雲は少年めがけて雨粒を投げつけてきた。頬に痛く冷たいものを感じ、祐二は目を覚ました。
 自宅にかけ戻ったずぶ濡れの祐二が、縁側でバスタオルに包まれながら落雷を見ていると、奥の部屋から母親の声がした。楽しそうに祐二を呼んでいる。
「祐ちゃん、ミーが見つかったわよ」
「ほら、ミーでしょ。夕立前にね、玄関の軒下に丸くなってたのよ。賢いわねぇ、ちゃんと戻ってくるなんて」
 柄がちょっと違うと祐二は思った。
「ミー、なの」
 それに一回り小さい気もした。
「探し猫のポスター、明日はがしに行きましょうね」
 新しいミーは母親の足元でじゃれている。
−ミーはそんな甘えた声で鳴かない。
 そしてママのミーは仲良しだったぼくにすり寄ったりもしなかった。
「ほら、お久しぶりの対面、祐ちゃんですよぉ」
 抱きかかえ新しいミーを祐二に渡そうとする母親。新しいミーは祐二に抱えられたかと思うと、するりと腕を抜け、ふたたび母親の足元に体をすり寄せる。
「あれ、ミーは恥ずかしいのかなぁ」
−どんな時でもミーはね、ぼくからから離れなかったんだよ。
−ママはミ—だと信じているの?
「祐ちゃん、ミーも疲れているのかしらね」
 新しいミーは母親と一緒に奥の部屋にさがり、祐二は縁側でひとりひざを抱え、雨上がりの入道雲を見ていた。すると一瞬、ほんとうにほんの一瞬、ひざを抱える右手が毛深くなり、その柄はミーそのものになった。驚くこともなく右手を見ていた祐二は、稲光で我に戻った。
−驚くほどのことはない。
 自分自身納得していると、傍らに新しいミーを抱えた母親が驚愕の表情で立っていた。新しいミーは母親の腕の中で威嚇の喉を鳴らしている。
「祐ちゃん、右手を見せて」
 母親は恐る恐る祐二に話しかけた。祐二は何のことか分からぬ表情で母親にすっかり日焼けをしている右腕を突き出す。
「何かついてるの?」
 母親はすべてを払拭するかのように首を横にふるのみだった。

 白い天井、ブルーのカーテン、オレンジ色の夕日。蝉の鳴き声、入道雲、夕立はもうすぐ。祐二は今、ベッドで目覚め、マンションの白い天井を見ながら昔のことを思い出していた。思い出すのは、ミーと母親と幼い自分の記憶。今思い出してみると奇妙な記憶だった。

(続く)
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by hello_ken1 | 2005-10-30 13:05 | B.O.D.Y.

そのひとのいない午後



after tiny party, originally uploaded by hello.ken1.

そのひともそのひとの娘もいない街をひとり歩いてみた。
街路樹はかすかに色づき、大通りの歩道はにわかに秋の顔を見せ始めている。
週末の恋人たちにとって互いの気持ちをゆっくり確かめあうにはいい季節。
ぼくはいつもならどちらかの女性が触れているはずの右手右腕を持て余しているのに気がついた。
手持ちぶさただと、この歩道はぼくに意味のないはずかしさを感じさせるようだ。
しょうがない、一本裏通りに足を向けてみる。
そこにはオーナーたちの趣味のよさがうかがえるこじんまりとした雑貨屋、インテリアショップが軒を連ねていた。そしてその雰囲気がショップごとにぼくの足を止める。
しばらく時を忘れ、陽気のよさも手伝って、ぼんやりとショーウインドーを覗いていると、
ガラスに映るぼくの後ろを横切る人影が気になった。
ふと思い、振り返る、ぼく。
その誰かの後ろ姿はそのひとに似ていた。いやそのひとの娘に似ているのか。
秋のはじまりのうららかな午後、ぼくはどちらでもなくふたりのことが恋しくなった。
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by hello_ken1 | 2005-10-29 00:29 | そのひと

B.O.D.Y. #8



Late afternoon light, originally uploaded by Dr. Mike.

「ミー、ミー」
 祐二は足早に歩いていた。駅前の公園に行き、神社の境内を抜け、小学校のグランドまで足を延ばしていた。ミーがいなくなって二週間が過ぎようとしている。探し猫の張り紙もした。
「母さんがミーの似顔絵を描いてあげたから、一緒に張りに行こう」
 元気のなくなった祐二を見かねて、母親が張り紙を作ってくれた。祐二は母親の手に連れられて町内に張り紙をした。
 それでもミーの消息は分からずじまいで、気がついたら今日は学校をさぼり朝からミーを探していた。そして、探す当てもなくなり、放課後のグランドに祐二は立っていた。祐二がグランドから体育倉庫の屋根に登るとグランド、花壇、中庭が一望できた。
「ここならミーを見つけられる」
 祐二は妙に安心するとゆっくりと学校の校庭を見回し始めた。花壇ではひまわりが咲いている。中庭の向こうにはプールの角が見える。汗でぐっしょりとなったTシャツも一向に気にならなかった。
 どのくらい倉庫の上にいたのだろうか。頬に冷たいものを感じ、祐二は目を覚ました。

 昨夜の涼子の濡れたまま乾かぬ冷たい黒髪が、幼いころ失踪した飼い猫のミーを思い出させたのか、それも、記憶の途切れまで。ここまで考え戻すこともなく、すっかり写真だけの存在となっていたミー。そう、涼子の濡れた髪がミーのことを思い出させた。正確にはミーのことを思い出させるきっかけになった。すべては思い出せない。ぽっかりあいた記憶の隙間があることは感じていた。でも、今までは無意識のうちにそこに触れようとはしなかったのだろう。それが今は違う。そしてそのきっかけが昨夜の涼子だ。いままでとどこか違う、右利きの涼子だ。
 軽く息を切らしている自分に気づいたときには、祐二は涼子のマンションのドアノブに手をかけていた。

「王子様って、ほんと、いいタイミングで現れるものなのね」
 祐二が意を決して涼子のマンションのドアを開けると、右手で髪をかきあげる涼子とその傍らに涼子より二回りほど小さい半透明のゼリー状の物体が床に転がっていた。祐二の両足はその部屋の雰囲気に押され、玄関より上に上がることをためらっている。
踏み込んじゃいけない。
−祐二の理性はとっさに判断した。
「全然、わかってないんだから」
−何のこと?
 祐二は理解しようと努力し始めた。でも、何に対して。
 祐二の両足は理性よりも理解しようとする気持ちの方に従い、玄関を上がり部屋へ進んだ。
−忘れろ。踏み込んじゃいけない。
−何を忘れるのさ?
−ミー、さがれ。進んじゃだめだ。
−ぼくをミーと呼ぶ、誰?
 その間も両足は涼子に近づいていった。
「あなたにはわたしがお似合いなのよ。かわいいかわいい祐二のミーちゃん」
 祐二には涼子のその言葉は聞き流された。それよりも涼子の横で床を濡らしている塊が震えているのに身震いを感じた。震える塊の中から、塊ではない塊になりきれていない突起物が全体の震えとは別に痙攣しているように見えた。
「興味があるようね、何だと思う」
 涼子は塊に近づくと突起物をつかんだ。すると塊全体はいっそう振るえ始めた。
「祐二もさわっていいわよ。そうすれば少しは理解するかな」
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by hello_ken1 | 2005-10-23 18:44 | B.O.D.Y.

そのひとと携帯とマニキュア

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 機能が多すぎてよくわからないらしい。そのひとは携帯の機種変をしたと言う。
 ぼくはそれが似たようなボディカラーだったので、そのひとが携帯を新しくしたことに気づかなかった。
「おんなじオレンジ色を選んだのになぁ」
 理由を尋ねた。
「色が同じだからなんとなく使い勝手も同じに思えちゃったんだよね」
 小首をひねりながらいろいろボタンを押している。
 ぼくは新しい携帯の機能よりも、その指先の色っぽさに目を引かれた。
「綺麗な色ですね」
 爪のマニキュアを目で指した。ぼくとしては褒めているつもりだった。
「それより形を褒めてくれないかな」
 そのひとは携帯から視線を上げた。
「親から授かった世界にひとつしかない形なんだからさ、こっちをほめられたほうがうれしいんだよ」
 そう言うと、また携帯をいじりだした。
 確かにそのひとの爪の形はマニキュアなんて必要ないほど美しい。みずみずしい美しさとでも言おうか。
−だからマニキュアの色が映えるんだ。
 ぼくは悪戦苦闘しているそのひとの指先を見ながら、そう思った。
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by hello_ken1 | 2005-10-22 00:28 | そのひと

そのひとと雨

 そのひとは雨が好きだと言っていた。
「だって部屋でうだうだしてても許されるだろ」
 誰が許すのだろう。
「男とまったりとさ」
 なんとなく頷いた。
「外に出るなら、傘は大きいのがひとつがいいな」
 訳を尋ねてみる。
「肩寄せられるじゃん」そんな簡単なこともわからないのかと言う目をする。
「だからもてないんだよ」と言葉を続ける。
「それに」少しの空白。
「雨のあとは、街も空気も街路樹だってきれいになるんだよ」
 急に優しい口調になった。きっといい人のことを思い出しているのだろう。
 カフェから見える信号が雨で曇って見える。そのひとは目を細め、さっきからじっと信号を見つめている。
「そろそろ帰っていいよ」
 こちらに振り向くと唐突なことを口にした。
「その傘、もってっていいから」
 このひとは傘をぼくにわたして、自分はどうするのだろう。
「わたしはもう少し思い出に浸るから、あんたは彼女でもデートに誘いな」
 でも、優しく微笑んでいる。
 雨の日の信号、どんな思い出があるのだろう。
 ぼくはそのひとと別れ、そのひとがずっと見ていた信号に向かって歩いてみた。
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by hello_ken1 | 2005-10-17 00:27 | そのひと

B.O.D.Y. #7



shadow, originally uploaded by tripanni.

「あんたの胸に飛びつくはずだったのにさ。いい感、してるよね。結局あんたがテーブルからちょっと身を引いたばっかりに、わたしは着地に失敗したことになったんだよ」
 右手で黒髪をかきあげる涼子は、冷たい微笑みをうかべた。
「でもね、一気にわたしたちは入れ替わったほうがよかったのかもしれないね。ちゃんとあんたの胸に飛びつけてさえいれば、あんたもこんな苦しみなんてないのに。そう、あんたにとって恐怖が長引いてるだけなんだよ」
 焦点も定まらず、震えるだけの自分の意思で動かすこともできない肉体の内部で、ほんの少し、本当にほんのちょっぴりの明かりしかない彼女の意識は、それでも抵抗しようとしていた。
—い、や、、、い、や。
「さぁ、そろそろ、終わりにしてくんないかな。残りの意識を開放してくれればいいのよ。簡単でしょ。簡単なはずなんだから」
 涼子は彼方に焦点が飛んでいる涼子の胸に濡れた手をゆっくりと押し当てた。そこは彼女が飛びつくはずだった場所。彼女が、涼子の形を取る前、コップから弾けだしテーブルの上で波打ち勢いをつけ、涼子になろうとして飛びつこうとした場所。
「恐怖が長引くのはつらいはずよ。特に逃げ場のない恐怖はね。諦めるのが一番、諦めて開放すれば何も苦しむことはないんだから。大丈夫、誰にも知られずに、残りの人生、ちゃんと引き受けてあげるからさ。あの祐二も含めてね」
 涼子の利き腕、左手が反応した。わずか人差し指一本の、しかも数ミリの反応だが涼子の肉体と意識がまだ完全に切り離されてないことの現れだった。しかし、そのことを認識するほどの涼子の意識はなかった。
 利き腕の右手を涼子の豊満な乳房の間に押し当てると、左手を涼子の後頭部にあてがい、彼女の焦点の定まらない顔を自分の方に向けた。
「これを最後にしようね。すぐ済むからさ。これであなたも解放されるのよ」
 涼子は唇を強く重ね、右手で心を、唇から残りの意識を取り込み始めた。強く抱き寄せられた涼子の左手の人差し指は小刻みに震えつづけることを止めなかった。

 夕方になり陽射しが和らいでくると、祐二は自分のマンションを後にした。
−胸騒ぎがする、涼子に会わないと。
−今朝、涼子が隣にいなかった。今までではありえないことだ。
−利き腕を変えようとしている涼子も変だ。あいつは父親譲りの左利きを自慢していたし。
−それに涼子はぼく以外の人を自分の部屋に呼ぶのは極力避けてきたはずだ。
−プライバシーと友だち関係をも切り離す。それがぼくの知っている涼子だ。
−昨日の河原への現われ方といい、昨夜の乱れ方といい、今朝のもぬけのベッドといい、違う。
−そう、利き腕さえも違うんだ。
 祐二は次第に足早になっていく自分を感じていた。足早になり、涼子のことを思いながら、ふと、ミーのことがまた脳裏をよぎった。

(続く)
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by hello_ken1 | 2005-10-16 18:15 | B.O.D.Y.

B.O.D.Y. #6



Glass of water, originally uploaded by digikuva.

 祐二の出ていった部屋で涼子はしばらくコップの水越しに部屋を見渡した。
「あのテーブルでワインを飲んだわ、あの携帯に毎晩祐二の声が届くのよ、あそこには、ほら、二人の写真があるでしょ」
 コップの水に話しかけるように、この部屋での祐二との思い出をひとつひとつ口にしてみた。
「何やってるのかしら」
 涼子はがぶりをふった。
 かぶりを振った勢いなのか、コップの水はこぼれんばかりに波を打ち、いくつかの水滴がコップを持つ涼子の利き手の左手を濡らした。
「まったく、ほんと、わたし何やってるのかしら、もう」
 キッチンの床が濡れていないことを確認すると、流し用のタオルで手を拭いた。コップはキッチンのテーブルの上。水は涼子の手を離れても、手を拭く時間が経過しても、揺れをやめようとはしなかった。涼子がタオルを元の位置に戻し、もう一度、部屋を見回した後に、コップに視線を戻したときには異変はすでに起こっていた。コップに視線を戻したのにはわけがあった。もちろん、喉を潤すために水を注いだのだから、水を飲むため。そしてもう一つ、カタカタという音が聞こえてきたからである。
 テーブルの上では、コップが倒れようとしていた。地震でもない、涼子がテーブルにぶつかったわけでもない。コップが倒れようとしているから中の水が揺れているのか、中の水が揺れているからコップが倒れようとしているのか。涼子の目にはコップが踊っているように見え始めた。コップから目が外せない。得体の知れない好奇心が涼子を包む。背中に緊張が走る。胸が少ししめつけられる。涼子は視線をコップの高さに合わせると、コップが躍らされているようにも感じた。
「水があばれてる」
 涼子の好奇心が結論を出した、そしてその言葉が口から出た瞬間、水はコップを跳ね除け、テーブル全体に広がった。コップは床に落ち、割れることはなかったが、もはやるくるくると踊りを続けることもなかった。ただ、今までの惰性で壁まで転がっていった。
 涼子は中腰のまま、テーブルに広がった水から目が離せないでいた。
「これは水なの?」
 涼子にそう言わせた水はテーブルの上でも徐々に波を打ち始めていた。範囲を広げることもなく、こぼれたままの場所で波を高くしていった。嵐を向かえた海、海面、波、その天空に厚く広がる黒雲が涼子の思考にも現れた。一つの波が1センチにもなろうとしたときであろうか、涼子は腰を伸ばしてテーブルから身を引いた。好奇心はすでに恐怖心に変わっていた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2005-10-13 04:07 | B.O.D.Y.

そのひとのカフェで



cafe at JIYUGAOKA, originally uploaded by hello.ken1.

 暗くなるのを待つために、すでに氷も溶け終わっているアイスコーヒーを下げてもらった。代わりにジントニックを頼んでみる。
 自宅では真夏でもビールを飲むことは無く、真冬でもキンキンに冷えたジンは欠かせない。そんなぼくの目の前のカウンターでジントニックが作られる。あれ?ジンはそんなに少ないの?トニック多すぎ。でもライムは半分そのまんま、それはいいかも。そしてライムの果肉舞うジントニックが差し出された。

「この時間にそのお店にいるんだったら、暗くなるまでもう少し待ってみたら」
 そのひとから携帯にメールが来た。
「暗くなると雰囲気変わるわよ、きっと」
 細切れのメール。
「そこは日没時が一番のお店だからさ」
 日没前でも日没後でもなく、日没時が一番だとそのひとはメールに書いてきた。

「一瞬の日没時なんて見逃しちゃうよ」
 苦笑いを浮かべて、外を眺めているとお皿一杯のミックスナッツが続いて差し出された。多すぎる。ぼくは困惑したまま首を振り、視線を通りに戻した。
 その瞬間、通りの統一性のない無造作な造形は見えにくくなり、つき始めた街灯は淡い色のまま通りにアクセントをつけ出した。
「あぁ、このことなんだ」
 夜の顔に変わる前のソフトな色合い、それが日没時だけ顔をのぞかせる。
 ぼくは心が和むのを覚え、ジントニックを片手にジャズが流れ出した店内にイスを移した。
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by hello_ken1 | 2005-10-13 00:25 | そのひと

B.O.D.Y. #5



mermaids, originally uploaded by yewco.

「どうして祐二はいつもそうなの」
「だから、あやまってるだろう」
「いつも口だけじゃない」
「口だけじゃないよ」
 確かに祐二は口だけじゃない。自分に非があると認めるときちんと謝り、非があるところを直そうと努力し、その努力はたいていの場合実っている。
 ただ、祐二の場合は、常にそうであるが、言われないと自分の非がわからないのである。それもいい。涼子が言ってあげればいいことなんだから。しかし、付き合い出してずっとそれが続いている。

「あのとき、あの瞬間、あなた自身がわたしの存在を望んだのよ」
 生命力のかけらも感じられなくなっている涼子の耳元で、もうひとりの涼子は言い聞かせるようにささやいた。

「いっつもじゃない。わたしに言われないとわからない。もうちょっと自分からどうにかしてよ」
 祐二は涼子の剣幕に一瞬たじろいだが、すぐさま自分を擁護しようとするいくつもの単語で涼子に対抗した。
「そんなにがなられても、もう、聞く耳は持たないんだから」
 意外に涼子自身も興奮していた。興奮してもはじまらない。その興奮自体も祐二のせいだと思うと馬鹿らしくもあった。落ち着こう、涼子はキッチンに足を向けるとコップに水を注ぎ一気に飲み干した。背中では祐二の捨て台詞と勢いよく閉まるドアの音が聞こえた。
 涼子はもう一杯コップに水を注ぎ、キッチンに差し込む陽射しにコップの水を透かしてみた。
「喧嘩なんてしないにこしたことはないのに、ね」
 自分自身に話しかけると、ため息が一つこぼれた。
「もうひとり、仲直り専用のわたしがいればいいなぁ」
 結局、祐二のことを心底嫌いになれない、祐二のことが大好きな涼子自身がそこにいた。
「もうひとりわたし」

「だからもう一人のあなたが生まれたのよ、あなた自身が希望したの」
 もう一人の涼子が耳元で、ほくそ笑みながら、またささやいた。
「でもね、世の中そう甘くはないわよね。あなたかわたし、きちんと存在できるのはひとりなのよ。しょうがないわよねぇ、こればっかりは」

(続く)
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by hello_ken1 | 2005-10-12 10:43 | B.O.D.Y.

B.O.D.Y. #4

CAT

 どこでミーとはぐれたのだろう。遊園地から戻って来て、自宅の門の前で座り込んでいた幼い祐二。ミーを待っていたのだろうか。今となってはそこまで思い出すこともない。
「もう夕飯の時間よ」
 ひざを抱えて座っている祐二に、買い物篭に野菜を一杯詰め込んだ母親が声をかけてきた。
「あれ、ミーちゃんは」
 幼い祐二は何も口をきかず、首を横にふるだけだった。
「そう、はぐれちゃったのね」
 母親は祐二の手を取り門の前から立ち上がらせ、優しく頭を抱いた。
「あの子は賢いから大丈夫、すぐに戻ってくるわよ。祐ちゃんが元気にしてないと戻って来たときに一緒に遊べないよ」
 このときの母親は印象的な表情をした。ほんの一瞬の表情。不思議な顔。
「祐ちゃん、身体中、ミーの匂いでいっぱい。さっきまでミーとじゃれてたんでしょう、すごいわよ」
 このとき祐二は何かをしゃべろうとしたが、うまく発声することができなかった。そんな記憶が祐二に残っている。
 母親は笑っていた。
「ちゃんと日本語をしゃべりなさい。猫みたいに喉で唸ってないで」
 その日以来、祐二も母親もミーを見かけることはなかった。

 ベッドサイドにかざってあるミーと幼い祐二の写真。そこに映っている自分を見ると、祐二はとても懐かしさを感じる。単に昔はよかったと懐かしむ、それとはまた違って感覚だった。いなくなったミーよりも自分の姿の方が懐かしい。その横に涼子の写真がある。利き腕で髪をすくい上げる涼子。涼子の左手はいつものように黒髪をかきあげている。
「あれ?、、、これだ、うん」
 祐二は昨日の涼子のぎこちなさの原因のひとつをみつけたような気がした。黒髪をすくいあげる涼子の手。それが左右逆。祐二はいつも左手が髪をかき上げるわけでもないだろう、と納得しようとしたが、なぜかしっくりとしない気持ちが心のどこかでわだかまった。
「利き腕って簡単に変えられるのかな」

 祐二の部屋から自分の部屋に戻って来た涼子は、ベランダ側の窓に背を向け、部屋の片隅にぐったりとくずれ倒れているもうひとりの涼子を見つめていた。もう一人の涼子から窓側の涼子は逆光線になり、彼女の表情を見ることは難しかった。もし、逆光線でなくとももうひとりの涼子からは彼女の表情は見ることはできないかもしれない。それほどもうひとりの涼子は衰弱していた。
「まだ、わたしに吸い取らせていないものがあるでしょう。これ以上、隠さないでよ。そんな身体でさ」
 窓側の涼子は利き腕の右手で髪をすくった。
 もうひとりの涼子は力なく唇を震わせているだけだった。
 ひざを抱え、部屋の隅の涼子を見つめる涼子。この部屋には今、涼子が二人存在している。昨日、いや、おとといまではこの部屋には涼子はひとりだった。それは二人の涼子とも知っている。一卵性双生児の姉妹が存在するわけでもない。生まれたときから涼子は両親の愛を独占していた。譲るべき人間は存在しなかった。それは今でも変わらない。
「聞こえてるかどうかもわかんないけど」
 窓際の涼子が部屋の隅の涼子に話しかけた。
「あなたがわたしの存在を希望したのよ。希望したからわたしはここにいるの」
 焦点が定まらず、半分白目をむいている涼子の状態にはお構いなしに、窓際の涼子は話を続けた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2005-10-11 18:27 | B.O.D.Y.