今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31


<   2006年 01月 ( 8 )   > この月の画像一覧

海の明かり #3


malta boy, originally uploaded by hello.ken1.

 カウンターでひとり寝息を立てている髭の親父は、夢を見ていた。
 彼が家庭を持っていた頃、彼の息子は海を見たことがなかった。夏、息子が泳ぐといえば近所の川で対岸まで仲間と競争をしているものだった。
ー海っていったいどんなだろう、この川よりも広いのかな。
 テレビで見たり本で読んだりするたびに、息子の心には未知なる海の存在が広がったが、どうしても想像がつかなかった。
 ある深夜、息子は明かりの消えた台所でひとり、酒を傾けている父親と目が合った。
「朝四時に玄関のところに来い。お袋には内緒だぞ」
 暗がりから父親は息子に唐突にそっけなく話しかけると、残りの酒を一口で飲み干し自分の部屋に戻って行った。息子にはいったい何のことなのか、寝ぼけた頭には尚のこと理解できなかった。ただ、朝の四時まで再び寝付くのをやめ、誰かが廊下を通るたび、その足音に耳をそばだてていた。
 朝になった。まだその時間、周りは薄暗い季節だった。
「どこにいくの」
 息子の問いかけに父親は肩車で答えた。息子にとってはそれだけで、その肩車が妙にうれしくてたまらなかった。
 薄暗い中庭に出ると、父親はガレージの前で息子をそっと肩から降ろした。
「どこへいこうか」
 男同士の秘密のやり取りが息子の心に芽生えた。息子にとってそれはとてもわくわくするものだった。
「どこでもいいの」
「どこでもいいさ」
「うみ」
「海か?」
「うん」
 息子の希望に父親はゆっくり噛みしめるように頷き、助手席に息子を座らせた。ふたりを乗せた車は太いエンジン音を立て、中庭をゆっくりと後にした。まだ夜明け前だった。

(続く)


[PR]
by hello_ken1 | 2006-01-29 10:54 | 海の明かり

そのひとのbig smile


Happyness, originally uploaded by Lekke.

 big smileという言葉を耳にしたことがある。でも実際に自分にbig smileを感じたことも、誰かのbig smileを見た記憶もなかった。

 そのひとはぼくにこれ以上の心配をかけまいと、口元に笑みをつくる。でも涙も拭かず目を真っ赤にしたまま、そんな目のままで、笑みをつくる。
「だからいいんだよ、彼女との約束があるんだろ、大事にしなきゃ」
 そのひとが懸命に微笑んでいる。そのくらいはぼくにでもわかる。
 ぼくはゆっくりと首を横に振る。
「夕方じゃなくてもっと遅い時間から。さっき確認したんだ」
 そのひとは少し顔を曇らせた。それはそれは寂しげな表情。
「時間、ずらしたんだろ」
 ぼくはまた首を横に振ろうとして、ちょっと間をおき、今度はそうするのをやめた。
「ちょっとだけね。相手も了解すみだから」
「なんて説明したんだか」
 困ったひとだねって言いたげ、でも、それでも無意識だろう、そのひとのまなざしは少しだけ嬉しそうに見える。

「いてほしいときに誰かがそばにいてくれるってのも、いいものかもね」
「いいものですよ」
 ぼくはゆっくりと応え、そのひとの赤く腫れたまぶたを見つめ直した。
「そうだね、きっといいものなんだね」
 そう言ってそのひとがつくる満面の笑顔が、ぼくにbig smileって言葉をまた思い出させた。

ーbig smile on your face. いつもあなたがそうありますように。
 これがbig smlieなんだと、そのひとの笑顔を見ていて、ぼくまでも優しい気持ちになっていくのを感じた。
[PR]
by hello_ken1 | 2006-01-28 11:41 | そのひと

そのひとの娘とあかいロゴ




 大通りから細い通りに入ってみた。何気に、でも、どこかできっと、あたらしい何かを期待して。

 そのひとの娘と離れて数ヶ月になる。離れる前からぼくらはすでに別れていたわけだけど、実際に物理的に遠いところに来てしまうと、単に別れただけの頃よりも余計に恋しくなる。
 ぼくが住まい始めたこの土地は2月だというのに暖かい。季節は冬なんだけど、日中はコートなんていらない。車で一時間も南にあがると海水浴をしている人もいる。
ーこのあたりもそのくらい温暖な街だよ。信じられるかなぁ。
 日本を出るときに一枚だけ持ってきたそのひとの娘の写真に話しかける。落ち着いたら、連絡する約束だった。付き合っていた頃にしたそんなことを、ふと思い出す。

 最近は朝、散歩にアパルトマンを出ると、向かいの建物の四階から元気のいいマダムがまぶしいばかりの笑顔で声をかけてくれる。挨拶以上の言葉はまだまだうまく聞き取れないけど、マダムも近所のみんなも人なつっこい。目が合うと何やら世話をやこうとしてくれる。何気に入ったこの通りも先週の今日、マダムが身振り手振りで教えてくれた。
「いつまでひとりでいるの。お兄さんの人生なんだろうけど。なにかに迷っちゃったら行ってごらん」
 明るくメリハリのある声で、きっとマダムはそんなことをぼくに言っていた、と思う。かなりのぼくの思い込みがあるかもしれないけれど。

 その通りがこの通り。小さいお店が軒を連ねる。東京の表参道だとショップって言うんだろうけど、この土地だとお店って言った方がしっくりくる。お店の並びには昔ながらの酒屋さんやハンドメイドの銀装飾もある。
 そんな中、カラフルなウィンドウがひとつ、ぼくの目をひいた。ウィンドウいっぱいに花が咲いている。足を止め、そっと目を凝らす。色とりどりの花はまだ未完成らしく、真っ赤なエプロン姿の若いお姉さんが一本さしては小首をかしげ、納得しては次の一本をさしていた。

 そんな様子をウィンドウの前でじっと見ていると、否応にもお姉さんと目が合ってしまう。なんとなく照れ笑いのような表情のお姉さんと、軽く会釈をするぼく。ぼくはお姉さんのその表情にそのひとの娘のはにかんだ笑顔を思い出し、あるものをバッグから取り出した。
「撮ってもいいですか」
 そう言ったつもりのぼくにお姉さんは満面の笑顔でポーズを決めた。伝わったようだ。そして、そのそのお姉さんの仕草もそのひとの娘に似ている。
 赤いシャッターボタンを押したレトロなポラロイドカメラから、まだ白いフィルムが音を立てて出てくる。
「日本にいる恋人に似ています」
 フィルムにそっと浮かび上がってくるお姉さんの笑顔を手渡しながら、ぼくは別れたはずのそのひとの娘のことを口にしていた。
「彼女とたべて」
 お姉さんはウィンドウで花束にしようとしていたキャンディを、そのひとの娘の分とぼくの分、ふたつ、ぼくに手渡した。
「一緒にたべなきゃだめよ」
 そんなお姉さんの笑顔に、そのひとの娘の笑顔を重ねるぼくがいた。
ーきみとぼくとの約束だよね。うん、連絡するよ。
 ぼくはお姉さんからキャンディを受け取ると、その赤いロゴを見ながら、そっとそのひとの娘に話しかけた。
[PR]
by hello_ken1 | 2006-01-23 15:55 | そのひと

海の明かり #2


8mile, originally uploaded by frablob.

 しばらくしても、彼女の店に客が来ることはなかった。不思議な、何か特別な夜のようだった。八人程しか座れないカウンターだけのこの店に祐二と、あと一番左端にいるのかいないのかよく分からない半分寝かかっている髭を蓄えた親父がいつものように座っていた。
 この親父は祐二が来る夜には必ず先に来ていた。そして必ず祐二より遅くまでこの店にいた。彼女曰く、祐二が来ない夜にはこの髭の親父も来ない。そして今夜もこの親父は彼女とも祐二とも一言も言葉を交わさないだろう。こうしてこの店の時間は過ぎていった。

 その夜の山手線の終電車は比較的空いていた。祐二はゆったりとシートに腰をおろし、両膝を開けた。そのくらい空いていた。手荷物はいつものように膝の上に置く必要もなく、空いている右脇のシートに置いた。祐二の姿が向かいのガラス窓に映る。祐二がガラスに映った自分の姿を見ながら髪を掻きあげるポーズをとっても、誰の視線をも気にすることはない。
 いくつかの駅が過ぎた。祐二の隣には彼女が黙って座っている。祐二は彼女の手をとり、自分の膝に置いた。
ー何をやっているんだろう。
 時間がただ過ぎていくだけ、何かが生まれ、何かが作られることもない。祐二は薄赤く染まっているもう片方の自分の手を見ながら思っていた。
 次の駅で彼女の肩をつつき、祐二はホームに下り立った。
「ここで降りると祐二の家が近いの?」
「寒い?」
「そんなことないよ、まだ少しお酒、残ってるから」
 ホームのベンチに腰をおろす祐二に首を傾げる彼女は、やはり手袋をバッグから取り出した。今夜は祐二と一緒にいたい、一緒にいなくっちゃ、彼女はそう思っていた。
「祐二が一人で帰りたいんだったら、そう言っていいよ」
 ホームの街灯がふたりを照らしている。祐二を包んでいる淡い光になりたいと、彼女は思った。
「そんなことないよ」
「でも、何となくそんなふうな態度だよ」
 もう三月なのに彼女の吐く息は白かった。
ーほんとは寒いんだね。
 祐二は立ち上がり彼女の髪を優しくさわり、額にキスをした。
「海を、」
「どうしたの」
「海を、丘の上から、見下ろしたことがあるかい」
「ないわ。でも、どうして。ねぇ、今夜はどうしたの」
「わかんない、でも」
 彼女の頬に自分の頬をつける祐二の吐く息も、白く宙に溶けた。

(続く)
[PR]
by hello_ken1 | 2006-01-23 00:31 | 海の明かり

きみのもしもし #1

したったらずで、すこしもごもごとした、きみのもしもし。
ぼくはたまにそのきみのもしもしをからかうけれど、
きみのもしもしは、きみのもしもしのままでいいんだよ。
なおさなくてもいいんだよ。
ほんとは、ぼくはきみのもしもしがとってもとってもすきなんだから。
[PR]
by hello_ken1 | 2006-01-19 00:31 | きみのもしもし

海の明かり #1


usual spot, originally uploaded by myao.

 自分が何を見ているのか分からなくなりつつあった。本当の夕暮れ時を見ているのか、それとも、少年の頃別れた父親との海の思い出を夕暮れ時の絵に重ねているのか。部屋の壁に掛かった絵に描かれている遠くの白い灯台を見ながら、祐二は彼女と唇を重ねた。
 海を見下ろす丘、浜辺で遊ぶ子供たち、遠くの灯台はまだ明かりを灯していない。白いビーチテーブルを少しずつ覆い始める、そんな夕暮れが絵の中で祐二をも包んでいた。
 もう少しすると灯台は明かりを灯し、夕暮れからもっと黒い影に覆われるそれぞれの景色を照らし始める。でも、今まで見えていたすべての景色が灯台の明かりで、それまでと同じように見ることができるわけではない。灯台の明かりが照らし出すその方角、その数秒間だけ、景色は祐二の前に浮き上がる。そして、それは夜明けまで繰り返される。
 祐二の目に映っているのは夕暮れ時の景色、でもそれが夕暮れ時であれ父親と過ごした明け方の海であれ、灯台の明かりによって照らし出されるものが、祐二にとって大切なものであることに変わりはなかった。
ー灯台が一度に全部を照らせたらいいのに。
 これから灯台が明かりを灯しそうな夕暮れ時を描いたその絵を見ながら、祐二は自分を優しく包んでくれる彼女と唇を重ねていた。

 チェイサーの氷が音を立てる。
「お客さん、いかがですか」
「うん、分かりやすい味の違いだね」
 祐二の前にはテイスティンググラスが三つ並んでいる。順番に舌で舐めては、チェイサーの水で味を消す。
「そうでしょう、この三つのシングルモルトだったら違いは分かりやすいと思いますよ」
 左のグラスから順にハイランド、ローランド、アイレイ。グラスにはそれぞれの代表的なモルトが注がれていた。

「それでなんて答えたの」
「答えなかったよ」
「会話が進まないじゃない。右端のグラスはアイレイです、くらい言わなくっちゃ」
「確かに分かりやすい違いだとは答えたよ。でも、そんなことはどうでもいいのさ。それにぼくの方から問いかけもした」
 棚のボトルを磨き始めた彼女は、ちょっと考えて祐二に視線を戻した。
「問いかけたんだ。祐二から問いかけるなんてめずらしいね。なんて問いかけたの」
「灯台の明かりは浜辺で遊ぶ子供たちまで照らし出すのかな、ってさ」 
「なんのこと? 唐突だよ。テイスティングと関係ないし。それじゃあ、やっぱりそのバーテンダーさんとは会話、続かないね」
「そうだろうね、気がついたらテイスティンググラスは下げられていたんだ」
「で、そんな祐二は今夜、わたしのお店で何を飲むの」
 あきれ顔の彼女はちよっと考えて棚からボウモアを取り出し、祐二の前に置いた。

( 続く )
[PR]
by hello_ken1 | 2006-01-14 01:42 | 海の明かり

そのひとの娘が洗面所からひげ剃りをもってきた


shaver, originally uploaded by hello.ken1.

 年始の旅行から戻ってきたそのひとの娘が、お土産片手にぼくの部屋に来ている。
 風邪気味らしく、部屋に入るなり、洗面所でうがいをはじめたそのひとの娘。
「電動じゃないんだ」
「あぁひげ剃りのこと?」
 洗面所の歯ブラシ立てにささっていたひげ剃りを、そのひとの娘は物珍しそうにこっちの部屋に持ってきた。
 すらりと伸びた柄、フィット感のよいヘッドの曲線、全体はつや消しゴールドのメッキ。学生時代からだからかれこれもう長い間使っていることになる。
「ひげ、そんなに伸びないのにね」
 そのひとの娘が両手でぼくのあご、くちのまわり、のどのあたりをさわる。
「でもそれにしてもきれいに剃ってる、すべすべ」
 感心しているのか、からかっているのか、そのひとの娘はどちらともとれる笑顔で、ぼくの耳たぶの裏に唇を当ててくる。
「もう長いこと、このひげ剃り使ってるの?」
「どうだろ」
 ちょっととぼけるぼく。
「捨てられない理由でもあるんでしょ。当時の彼女さんからの贈り物だとか」
 新年早々、風邪気味なのに勘所のよいそのひとの娘は、いいのよ、とつぶやくと、新年初めてのキスでぼくの返事をふさいだ。
[PR]
by hello_ken1 | 2006-01-14 01:25 | そのひと

そのひとをほんの少し思ってふるさとに電話する

 田舎のお袋が年末に丸餅を送ってくれていた。
ーまた今年も帰ってこないのかい。
 同封されていた手紙には、そんなことはみじんも書かれていなかった。
 そのかわり、なんとなく行間から、優しい笑顔で餅を詰めているお袋の姿が見え隠れした。
 丸餅をトーストで焼いてみる。お湯を沸かし、お茶漬けの元を溶かす。そこに餅を浮かべてお雑煮気分、正月からそんなインスタントに苦笑いをしている自分に気づく。
ー初詣はちゃんと行ったのかい。
 元旦に電話をすると必ず尋ねてくるお袋の台詞。
 その声が聞きたくて、携帯を手に取る。電話番号をメモリーから呼び出す。
 その瞬間、アドレス帳からふとそのひとの顔が浮かんだ。
 お正月、そのひととそのひとの娘も初詣に出かけたのかな、そんなふたりを想像し、ぼくはまた口元がゆるんでいる自分に気づく。
「あっお袋?あけましておめでとう、元気?」
 受話器の向こうから確かに、お袋のうれしそうな笑顔が伝わってきた。

ozouni, originally uploaded by wtkn.
e0007767_0482696.jpg
[PR]
by hello_ken1 | 2006-01-07 00:51 | そのひと