今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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海の明かり #7


Heavens Gate, originally uploaded by thepres6.

「それが、丘の上から見下ろした海だったの、穏やかな海が」
 彼女はグラス越しに自分を見つめる祐二に尋ねてみた。
「いや。丘の上から見下ろした海は恐かったよ」
「恐いって?」
「うん。周期的にぼくを照らす灯台の明かりが消えたらどうしようって。ずっとぼくを照らしていてはくれないと思ったからさ」
 祐二はグラスを口に運んだ。今度は、恐怖で乾いた少年の喉を潤すかのように勢いよく飲み干した。
「夜明け前の黒い海は、ぼくらが来るのをてぐすねを引いて待っているみたいだったよ。じっとこっちを見たまま構えて身動き一つしないヘビのようにも感じたな」
「でも、その後、真っ黒い海がまぶしいくらいに明るくなるんでしょ」
「そう、まぶしくなるというよりも、とっても優しくなったんだ。うん、うれしかったよ。明るくなってもっと遠くまで見たくて、もう一度、親父に肩車をせがんだんだ」
「仲良かったのね」
 そう言った彼女は祐二の視線が急に遠くを向いているのに気がついた。祐二はそんな彼女から充分に心の距離を置き、ぽつりとつぶやいた。
「親父は泣いていたんだ」
 祐二の肩がいつしか震えていた。
「ぼくの目の前に広がる海よりも、もっとずっと彼方を見て涙を流していたよ。知らなかったんだ、ぼくはなぜ親父が彼方を見ていたなんて、これっぽっちも知らなかったんだ」

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-02-25 13:02 | 海の明かり

そのひとの男の子


kettle 4 the coffee, originally uploaded by hello.ken1.

 美味しかった二杯目の珈琲は残りわずかになり、冷めはじめていた。
 そのひとは会話の場所をテーブルからソファーに移し、でもぼくはテーブルについたまま、そのままでそのひとの話を聞いていた。
—かちゃん。
 リビングの外で物音がした。
「あれ?何か音がしませんでしたか」
「気のせいよ」
 そのひとはゆっくりと微笑む。
「どろぼうでもきみがいるから大丈夫でしょ。家に男の子がいるって心強いわ」
—男性って言わず男の子ですか。
 ぼくは苦笑いをする。
 そのひとはソファーに体を預け、グラスを口にする。そんなに飲んでいるとは思えないけど、そのひとは少しまどろみはじめているよう。
「娘は今夜、外出みたいだし」
 ぽつり。
「わたしが言うのもなんだけど、美人だよ」
 娘の話になるとまどろみから戻ってくる。
「今度紹介してあげようか」
 懐かしそうにほほえむ優しい表情のそのひとが言葉を続ける。これが娘を愛する母親の顔なんだろうな、ぼくはふと田舎のお袋を思いだした。
「あのこ、あぁ娘のことね」
—えぇ今、ライブハウスでぼくを待っていますよ。
「あのこの上にはね、男の子がいたんだよ」
—え。
「今だときみくらいの年頃かな」
 ゆっくりと天井の明かりに視線を移すそのひと。少しの沈黙、そして目がしらにそっと人差し指をあてる。
「珈琲冷めちゃったね。新しいの、入れるよ」
 そのひとはソファーから起き上がると、氷の溶けきったジンのグラスをぼくの前に置いた。
「だから気持ちはとってもうれしいんだけどさ、きみはわたしにとって男の子なんだよね。大好きな男の子」
 ぼくの中でそのひとの表情とお袋のそれが重なった。
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by hello_ken1 | 2006-02-25 11:57 | そのひと

きみのもしもし #2

きみがもしもしのあとに言った言葉、あなたは幻かもね。
ぼくもきみのもしもしを聞いていると、たまにきみは幻じゃないかと思う。
幻のきみと、幻のぼくのもしもし。そんなストーリーの映画をふたりで作ろうか。
きみのもしもしを聞いていて、そんなことを思った。
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by hello_ken1 | 2006-02-19 00:33 | きみのもしもし

海の明かり #6


silhouette play, originally uploaded by vvt.

「あら、今夜はお子さん連れ?」
「あいさつはどうした?」
 父親の後ろに隠れていた祐二は顔を上げた。次いで、薄暗いカウンターから出てくる若いお姉さんに自分の姿を見せた。父親とお姉さんは知り会いらしく、また、二人とも優しい笑顔で向き合っていた。そのふたりの笑顔が祐二に思い切りよく口を開かせた。
「海がね、真っ黒い海がね、明るくなるんだよ、まぶしくなるんだよ」
「そっかぁ、きみは海を見てきたんだ」
「毎朝食べる海苔の匂いがするんだよ、知ってたぁ?」
 父親は祐二の頭を大きな手で押さえつけた。
「まず、こんばんは、だろ、祐二」
 父親の大きな手は優しく祐二の頭を撫でまわした。祐二はこんなに優しい父親に接するのは初めての気がした。
「こんばんは」
 ちょこんと頭を下げた。
「こんばんは。きっと日の出の海を見てきたんだね、祐二くん」
 今度はお姉さんの香りが祐二を包んだ。母親の香りとも学校の担任の先生のとも違う、甘く若々しい初めて知る香りだった。祐二はその瞬間、海の香りの次にお姉さんの香りが好きになっていた。その香りのお姉さんが祐二の目線に彼女自身の目線の高さを合わせて、話を聞いてくれるのがうれしかった。
 昨夜、玄関で父親と会うまで寝付けなかったこと。海と近所の川を比べていたこと。砂浜に足を踏みいれたとき朝ご飯の海苔を思い出したこと。波打ち際の濡れた砂が素足にくすぐったかったこと。そして、真っ黒な海が恐かったこと。
 祐二は父親が止めなければその立ったままの姿勢で、閉店まで話し続けていたことだろう、まだ店は始まったばかりだというのに。
「でね、遠くの灯台がぼくたちを照らしたんだよ」
「ちゃんと聞いてやるから、椅子に座って落ち着いて話しなさい。お姉さんにいつまでその姿勢を取らせておくつもりだ」
 ふと祐二には父親が妙にお姉さんに対して優しく映った。
「気にしなくていいよ、祐二くん」
 お姉さんは少し伸びをするようにして、自分の視線の高さの世界に戻った。
「こっちのカウンターに座りなよ、ねっ」
 祐二と父親はカウンターの一番左奥の席に腰掛けた。その二人の前にお姉さんはウィスキーをそっと注いだ。
「こんな香りがしたのかな?」
 お姉さんが祐二に香りの質問をしてきた。
「うん、そう」
「朝ご飯の海苔とどっちのにおいに似てる?」
「こっち」
 祐二は迷わず答えた。お姉さんは祐二からそれを聞くと満足そうに微笑んだ。
「そうだよね、このお酒は海の香りがするよね」
 横でその会話を聞いていた父親も、グラスの香りを鼻先で確かめると、ショットグラスを一気に空けた。
「ボウモア。そういう名前のお酒だよ、祐二くん」
「これってほんとに海の香りでいっぱいだね。ここに海があるみたい」
 祐二の先ほどまでの興奮した饒舌はぴたりと止まり、このあとは、しばらくの間、じっとグラスだけを見つめ続けていた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-02-18 15:48 | 海の明かり

そのひとのリビングで


the bridge series, originally uploaded by i 2 i.

 すっきりとかたづいたリビングの大きな窓から、港が一望に見渡せた。水平線に浮かぶピンク色に染まりつつある雲と呼応するように、港にかかるブリッジにもあかりが灯り始めている。
「ほんと珈琲でいいのかい」
 眼下の港の景色に目を奪われていたぼくに、そのひとが尋ねてきた。
「とっても美味しいんですよね」
 そのひとは微笑んでいる。
「そうだよ、気持ちをこめるから美味しいに決まってるだろ」
 そして笑い出す。
「わたしはアルコールにするよ。なんとなく、ね」
ーなんとなくなわけはないですよね。
「いいですよ。でもぼくには気持ちのこもった美味しい珈琲をお願いします」
 そのひとはオンザロックのジンを手元に置き、豆を挽き始める。赤いケトルを火にかける。そしてジンで唇を濡らす。
「すぐだから」
 そう言ってアイランドキッチンから振り返ったそのひとを、ぼくは両腕でそっと優しく抱きしめた。


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by hello_ken1 | 2006-02-18 13:01 | そのひと

海の明かり #5

「へぇ、これが祐二の小さい頃?」
 彼女の視線は、冷蔵庫のドアに貼ってある古い写真に向けられていた。写真の奥には棚に狭しと並んでいるウィスキーのボトルが見て取れる。その前のカウンターに彫りの深い大人の男性と彼の横で椅子にしがみついているという表現がぴったりの少年が大威張りでカメラに向かっている。端の方には若い女性も写っていた。
「バーなの、ここ? 今風な感じね」
 彼女は流しの下で探し物をしている祐二の過去に触れられて、少しうれしい気持ちになった。
「よく行ってたの、このバー?」
「いや、その夜初めて親父に連れていってもらった」
「何か家の手伝いでもした、そのご褒美で連れて行ってもらったとか」
 彼女とのそんなやり取りの中、祐二が小さなショットグラスを食器棚からテーブルに出した。もちろん流しの下からはウィスキーのボトルが一本出ている。
「手伝いなんて何もしてないよ」
 彼女は祐二から受け取ったボトルを見ていたが、祐二はそれを優しく自分の手に引き戻し、そのウィスキーを二つのグラスになみなみと注いだ。
「これってさっきまでお店で飲んでたもの、わたしが出したボウモアのもっと年代物よね」
 祐二は口元で微笑み、自分の鼻先にグラスをつけた。
「きみも嗅いでごらんよ。この部屋だとこいつの香りだけを感じられる」
「うぅん、ふたを開けただけで充分、香るわ」
「いいから目をつむって、鼻先でちゃんとかいでごらん」
 そうすると、彼女の鼻先を潮の香りが包んだ。
「海、感じないか」
「そうね、海草のような、潮の香り」
「始めて親父に海を見せてもらった日の帰りに」
「始めて?」
 祐二は冷蔵庫の写真を見ていた。
「その日の帰りに親父の行きつけの店でボウモアを見せてもらったんだ」
「これ、そのときのお酒?」
 祐二は首を横に振った。
「でも年代は同じはずなんだ」
 そして言葉を続けた。
「そのとき、店のお姉さんがね、ぼくを一人前扱いしてくれてさ。ぼくの前に差し出されたのはボウモアの入ったストレートグラスにチェイサーさ」
 彼女はもう一度そのボウモアの香りをかぐと、にっこりと微笑んで、グラスに口をつけた。
「で、お酒はおとうさんが口をつけて、氷水を祐二が飲んだのね」
「いや。二つのグラスはぼくの前に並べられたまま、それをずっと眺めてた。親父はお姉さんと静かに話してたな」
「今だと、お姉さんがわたしで、お父さんがあなたってこと?」
「役回り的にはそうなるね」
 祐二と彼女はグラスを重ねたあと、ゆっくりと少しずつ潮の香りを楽しんだ。鼻先に香る潮の広がりは口の中でまろやかさを増し、喉を伝わり胃袋をかっと熱くした。また、その甘さは身体中に幸せを運んでくれた。彼女は未だ知らない祐二の一部を、今夜、垣間見れそうな期待感を幸せに思った。
「あの夜、お店でも興奮が続いてたんだろうな」
「初めて海を見た後だったから?」
「うん、たぶん。それにあれほど親父を身近に感じた日はなかったし。だからグラスの中に海を見ることができたんだろうね」
「それでずっと眺めてたんだ」
 祐二はグラスの残りを一気に喉に流し込むと、もう一杯ボウモアを注いだ。
「最近気づいたんだけど、あのときぼくが見た海もグラスに浮かんだ海も、もっと穏やかだったんだ。これみたいに荒々しくなかった、もっと優しい、もっと温かい」
 祐二はグラスに注いだウィスキーを見、そのグラス越しには彼女が見えていた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-02-12 22:37 | 海の明かり

そのひとの涙のついたぼくの親指

ashtray, originally uploaded by hello.ken1.

 ぼくがそのひとの頬を伝う涙をぬぐうと、そのひとは口元でほほえみ、ウエイターを呼んだ。
「親指、ぬらしちゃったね」
 そのひとは涙のついたぼくの親指をみて、そう言い、ぼくは人差し指とその親指をこすり合わせ、小さく首を横に振る。
「ねぇチェックお願い」
 呼ばれてきたウエイターにお札を渡し、すくっと立ち上がるそのひと。
「うちに来るかい」
「え」
「来なよ、ここよりも美味しい珈琲いれたげるからさ」
 ここで断ってそのひとの娘の待つライブハウスに行く選択肢もきっとあったのだろう。さっき見上げた交差する飛行機雲にぼくは何を感じたのか、そのひとの娘への後ろめたさが心の奥の方をきゅっとしめつける。でもまだそのひとをひとりにするには不安の方が大きかった。
「置いてくよ」
 ちょっと強がっているそのひとが、立ち上がろうとしているぼくを呼んだ。
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by hello_ken1 | 2006-02-11 18:56 | そのひと

海の明かり #4


hand and bottle, originally uploaded by junku-newcleus.

 カラン。
 彼女が店を出るときに足した氷がグラスに沈んだ。新しいグラスに注ぎ直されたボウモアと氷の溶け始めたチェイサー。その二つのグラスの横には彼女の書き置きがある。そこには常連さんの特徴と好み、それと店を閉めた後の鍵の隠し場所が書かれていた。
「こんな髭親父に戸締まり任せて大丈夫かい」
 髭の親父は寝息を立てている。
「大丈夫だから任せるのよ」
 そして、彼女はうたた寝の髭の親父に何やらそっとつぶやいた。
「起こすんじゃないのか」
「風邪だけはひかないように言い聞かせただけ。お客さんが来たらきっと起きるわよ」
 カラン。

「うぅ、寒いねぇ」
「いらっしゃいませ。コートをお預かりいたしましょう」
「あれっ、いつものお姉さんは?」
「たまには、デートですかね。先ほど早めに上がらせていただきました」
 バーテンダーは意味深に微笑んだ。
 男性客はお目当ての彼女がすでに上がったと聞き、当てが外れたのを思わず表情に出していた。彼は小さくため息をつくと熱いおしぼりを顔をあてるため、眼鏡をカウンターに置いた。
「いつものっ。あっごめんね、それじゃわからないよね」
「わかりますよ」
「へぇ、どうして。マスターとわたしは初対面ですよね」
「マスターはよしてください。たまにやるピンチヒッターですから。それに彼女が出ていくときに、数枚のメモを書き残して行ってくれたので」
「わたしが来ることをですか」
「はい、でも残して行ってくれたのは、来られるであろう数名のお客様の特徴とお好みです」
 バーテンダーはアーモンドを客に出すと、カウンターの端にチョコンと座って解け出した氷の入ったグラスを見つめ続けている息子にも、同じ物を小皿に入れて渡した。息子は小皿には目もくれず、じっとグラスから目を離さなかった。
「坊や、何をしてるんだい」
 客は眼鏡をかけ直すと少年をしげしげと見、場違いなところにいる子だなと思った。少年にはその客の言葉は聞こえなかった。
「マスター、、、おたくのお子さん?」
「えぇ」
「おいくつ」
「おい、いくつになった」
 息子は父親の言葉に急に我に帰り、辺りをきょろきょろし始めた。
「何してたの?」
 客は曖昧な笑顔で問いかけ、少年は目の前の汗をかいたグラスをまた見つめた。
「うみ」
「海がどうしたの」
「思い出してたの」
「グラスの水が何か海を思い出させたのかい」
 少年はだまって頷いた。
「どんな海だい?」
 父親と客に交互に視線を移すと、少年はだまって一気にグラスの水を飲み干した。父親があまりいい顔をしていないと思ったからだった。

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-02-04 22:38 | 海の明かり

明け方、そのひとの娘が待つ場所へ向かう



 もうあるわけもない飛行機雲が見たくなり、タクシーを降りた。
 そこから見上げる夜空は雲ひとつなく、ぼくの頭上に広がっていた。地上のすべての思いを優しく包み込んでくれそうな、まぁるい感じの夜空だった。
 昼間の飛行機雲はきれいに交差したあと、風に流されたのか、それとも真っ直ぐに交差したラインのままでゆっくりと空にとけ込んだのか、その夜空からは読みとれなかった。

ー想いを少し整理したほうがいいんじゃないかな。
 三等星だろう、星がささやいている。
ーまだ無理だね。
 その星の言葉に月が反応する。でも右上の一等星はまだ静観しているよう。
 立ち止まってしばらく星たちの会話に耳を傾けていると、夜風がそっと頬をなでて通りすぎた。
ーいいんだよ、このままで。
 ちょっとひんやりだけど、そっと優しいなでかた。
ーわからないことに結論をだすことはできないよ。
 風は少しだけ達観しているのか。
 どこまで行けば、ぼくはそのひとの涙を理解できるのだろう。どこに行き着けば、そのひとの娘をどれだけ優しく抱きしめてあげられるのだろう。

 そのひとが自宅のソファで眠りに着いた後、そのひとの娘の待つ場所へ向ったぼく。交差した飛行機雲をもう一度見たくて、タクシーを降りた線路沿いの道。動き始めた始発電車の音が星たちのささやきをのみこんだ。
ーもうすぐ着くからね。
 ぼくは視線を前に戻し、そのひとの娘が待つライブハウスへと足を踏み出した。
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by hello_ken1 | 2006-02-04 03:27 | そのひと