今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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黄緑色の手の女の子 #1


Protected 2 (colour), originally uploaded by Oi Jimmy!.

 ぼくの左手の人差指には指輪がある。一年ほど前からその指輪はぼくの人差指を飾るようになった。
 学生の頃、装飾品を身につけたいという願望があった。けれど、幼い頃の「男子足るものチャラチャラとしたものを身につけるべきではない」と言う教育が脳裏にしみ込んでいて、学生の頃のぼくはその言いつけをどうしてもやぶることができなかった。
 何かにかこつけては、装飾品を身につけたいという願望を押さえつけてきた。
 ひとつの例として、学生の頃に彼女とウインドーショッピングに出かけたときの会話。
「きみはよくそんなに沢山のアクセサリーを身につけてじゃまっけに感じないね」
と、ぼく。
「女性はね、とくにわたしは結構こういうのって幸せなのよ」
と、彼女。そして、彼女はこうも続けた。
「男の人も周りを気にせず、好きなおしゃれができたらいいのにね」
 その当時、男性でアクセサリーをしているのは本当に時代のトレンドを引っ張っている気になっていた業界の人たち、それも夜な夜な遅い時間、明け方までバーでたむろしているような人たちだけだった。ぼくの周りに先輩も含めて毎晩明け方まで遊んでいるような社会人なんていなかったし、アクセサリーそのものにすすんで興味を持っている知り合いは一人もいなかった。
「でも高校生時代はしてたんでしょ、あなたも」と、ちょっと意地悪っぽく言う彼女。
「うん、あのときは、好きな子からせがまれたからね」
「アクセサリー身につけるの、まんざら嫌いでもないんじゃないの。自分が好きなもの、してみれば」
「なんとなく格好悪いじゃん、まだ学生だし、就職活動も控えてるしさ」
「そんなことないよ、自分の意志で身につけるんだから。恋人から言われてつける方が格好悪いよ。わたし、そう思う。それにきっと今のうちの方が何でもできるかもよ」
「そうかなぁ」
「そうよ、それに、その恋人と別れたら外すわけでしょ、前の日までしてたものも」
「そりゃそうだろうな、してたら未練ひきづってますよって宣言してるみたいだし」
「すっごい気に入ってても外すんでしょ。だったらはじめからしなきゃいいのよ」
「それって難しいよ」
「でも、よく考えてみてよ。生き方としてどっちが格好いいんだろうね」
「別れなきゃいいんだろうに」
 こんな具合いに、ちょっと的外れだと自分で感じていても、何かにつけて、幼い頃の教えの壁を越えるのを諦めていた。
 そんな会話をしていた彼女とぼくは学生生活が終わらないうちに別れてしまった。別れた理由は、近い将来遭遇する未知の世界、サラリーマン社会そしてそこで働く社会人に対する見解の相違だったのかも知れない。実のところはいまだかつてよくわからない。
 しかし、そうこうしているうちにぼくの学生生活は終わりを告げ、社会人としての世界が始まった。
 社会人、ぼくのサラリーマンとしての数年が過ぎ、その数年の中で、あれだけ願望の強かった「装飾品を身につけた生活を送りたい」という気持ちはどこかへいっていた。 仕事が忙しかったのか、装飾品に対する興味が失せてしまったのか。いずれにせよ、装飾品に対して、男子足るものうんぬんの感情にすら達しなかった。

「20代まで指輪なんてしてなかったんでしょう。どうしたの、いったい」
 きみが丸いテーブルの隣の席から聞いてくる。今日はきみと二人で、何処となく思い出深いお店にきていた。ぼくらはそのお店の中央の大きなテーブルに腰掛けていた。

(続く)


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by hello_ken1 | 2006-03-25 19:41 | 黄緑色の手の女の子

そのひとの娘と春の雨


the Yellow Umbrella, originally uploaded by gravityroom.

ー春雨ってこんなにあったかいんだ。
 朝からの雨だと夕べの天気予報で聞いていた。お天気キャスターのおねえさんも確かに、春の雨です。もう冷え込むことはないでしょう、と。春先の晴天は3日続かないと言う、まさにそのとおりだなと、ぼくは傘を斜めに掲げ、明るい雨空を見上げた。
「雨だよ」
「迎えにいくよ」
「くるま?」
「うん」
「歩いてきてよ。傘はひとつね」
「えっ」
「相合い傘がいいな」
 そのひとの娘とのさっきの会話を思い出し、ぼくは口元に笑みをうかべてしまった。
—もうすぐ着くからね。


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by hello_ken1 | 2006-03-25 19:21 | そのひと

そのひとの娘が幼いころから好きなもの


shop, originally uploaded by hello.ken1.

「ここに行ってたんだよ」
 そう言うとそのひとの娘はちっちゃな紙袋を差し出した。
「懐かしいかもね」
 受けとるとしゃらしゃらと音をたてる紙袋はお土産としては軽いなぁってイメージだった。
「早くぅ」
 そのひとの娘が土産を早く見るようにぼくをせかす。

 クリスマスのライブハウスでの件からなんとなくぎこちなくなっていたぼくら。
 そのひとが娘のことを心配していた。
ー急に旅行に出ちゃったんだよね、行き先も言わず。まぁ以前はよくあったことだけどさ、最近では珍しいから。
 確かに携帯電話はつながらなかった。
 携帯メールも返信がないと思っていたら、先日アルファベットばかりのメールがそのひとの娘から届いた。

「バルセロナ」
 そのひとの娘は何事もなかったように屈託なく微笑んでいる。
「ちっちゃなころからこれ大好きなの」
 紙袋から数個のチュッパチャプスと一個のハート型のキャンディが顔を見せた。
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by hello_ken1 | 2006-03-19 16:33 | そのひと

海の明かり #10


Kleiner Preusse, originally uploaded by fighting-with-light.

 三杯目のグラスを飲み干した祐二は、彼女の肩をつかんだ。顔を彼女に近づけるとじっと見つめた。
「きみの瞳に海が見える。初めて会ったときからそんな気がしてた」
「何が恐いの?祐二」
 彼女は祐二の瞳の奥にこそ寂しさがあると感じた。祐二は彼女のその一言に唇を噛んだ。
「潮の香りがきみの髪にあるんだ」
 彼女は祐二を強く抱いた。きつくそして優しく温かく。祐二の震えを自分が吸い取れるように祈りながら、彼女は祐二の頬にキスをした。
「黒い海は、、、」
「だいじょうぶ。わたしはあなたのそばを離れたりはしないから」
 祐二は彼女のキスに応えながら、壁に掛かっている絵をじっと見ていた。その絵はこれから明かりを灯す灯台の様子を、周りの景色を祐二の脳裏に映し出した。
ー灯台の明かりは一度に一箇所しか照らせないんだ。そうだったんだよね、親父。
 祐二はそっとつぶやいた。

(完、ご愛読ありがとうございました)
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by hello_ken1 | 2006-03-19 16:32 | 海の明かり

海の明かり #9

 父親と海に行ったのは、この日が最初で最後だった。
 この晩、お姉さんが先に店をあがると、残った父親が慣れた手つきで店の番をした。お姉さんが上がった後、男性客がひとり、そこまでは祐二も覚えている。祐二はいつのまにかカウンターでうたた寝を始め、目が覚めたときは自宅に近い川のほとりで父親と車の中にいた。
「ここからだと一人で帰れるな」
 祐二は父親の言っていることが理解できなかった。
「おとうさんも歩くの?」
 父親は黙っていた。
「もう帰ろうよぉ」
 父親は首を横に振った。
「俺はこれから旅に出る。おかあさんのこと、頼んだぞ」

 薄暗い川辺に一人残された祐二は、父親の車が引き返して来ないかじっと待っていた。灯台の明かりはここまでは届かない。川も海同様に黒く、やがて祐二をも飲み込み始める。祐二は飲み込まれないように両手で土手の草をしっかりとつかみながら、夜が明けるのを必死で待っていた。それから何時間経ったのだろう、祐二の指は土手に刺さり、夜は次第に明け始め、川面もまた海と同様、輝き始めた。
 しかし、祐二は身動きがとれなかった。海が見たいとさえ言わなければ、父親は自分から離れていかなかったのか。少年の祐二には分からなかった。ただ、あの真っ黒い海が敵の様に思えた。
 太陽が真上にあがっても祐二はそのままそこに座り続けていた。夕方になった頃、祐二は後ろに立つ母親の影に包まれ、自分を照らした灯台の明かりを思い出した。母親は祐二の肩をそっと叩いた。
「さぁ、帰ろうか」
 母親は祐二に優しく微笑んだだけで、気丈にも涙を流してはいなかった。そして祐二はバーのお姉さんを思い出した。
ー違う香りだ。
「お父さんはどこ?」
「旅に出たんでしょ」
 祐二の手を持つ母親の手は固く、そして震えていた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-03-12 03:54 | 海の明かり

そのひとの娘からのメール

 そろそろ着いた頃かしら。ヤンキースキャップの店員さんからメモはうけとった?わたしはこのメールを自宅から書いています。正直に書くね。あなたからママとカフェにいると聞いて心がざわつきました。ましてあれほど楽しみにしていたはずの友だちのライブを諦めるなんて。

「ママ、もうソファーから起きようよぅ」
「・・・帰ってたの?」
「結構前にね」
「あれ?男の子いなかった?」

 ママに対して嫉妬しちゃうなんてね。わらっちゃうでしょう。わたしもびっくり。でもね、ママが一番のライバルって気がするの。女の勘かなぁ。

「あなたに紹介したい男の子がさっきまでいたのよ」
「ママの彼氏?」
「だといいんだけどね」

 あなたにこのメールを送ったらママを起こしにリビングに行きます。さっきあなたが帰ってあとにママの寝顔を見たら、あまりに幸せそうなのでまだ起こしてないの。

「ちょうどあなたのお兄さんくらいの歳の男の子よ」
「男の子?」
「そう、あの男の子と話してると息子がそばにいるようでね」

 あなたは気づいたようだったけど、物音したでしょ、あれ、わたしなの。どうしてもひとりで待ってられなくて。あなたとママ・・・

 ここまで読んで、ぼくは携帯電話から顔を上げた。店員さんが「早く逢いに行きなよ」と微笑んでいる。
—ちゃんと来てくれてありがとう。あとでメールするね。
「なにやってんだよ、おれは」
 そのひとの娘からのメールとメモ、明かりの落ちたライブハウスのステージ、ぼくはやり場のない揺れ動いている自分の気持ちを、壁に投げつけたい、そう強く思った。
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by hello_ken1 | 2006-03-12 03:53 | そのひと

海の明かり #8


dad, originally uploaded by hello.ken1.

「よくあなたが自分の息子を海に連れていったわね。成長したんだ、あなたも」
 祐二の耳は、カウンターを挟んで静かに不思議な会話をする父親とお姉さんに、自然と向けられていた。
「成長なんてしてないさ、こいつにせがまれただけ」
「わたしのお願いは全然聞いてくれないくせに、ね」
 お姉さんの声は小さく少しだけ低くなった。その声色がお姉さんの本気を父親に伝えた。父親は自分のグラスに逃げ場を求め、しかし、カウンターに乗っている彼女の白い手をゆっくりと包んだ。
「想い出をこいつに残したかったんだ、きみにも一度会わせておきたかったし」
 父親は祐二を見つめた。その目は海岸で彼方を見ていたときと同じだった。何も理解できない祐二は見つめられるままにただ父親を見つめ返していた。
「祐二、初めての海は楽しかったか」
 祐二は親父に話し掛けられて海よりも何よりもうれしかった。
「うん」
 だから祐二は大きな声で返事をした。うれしい気持ちを精一杯込めた返事だった。
「また、連れてって。今度はおかあさんも一緒」
 しかし父親はじっと祐二を見つめるだけで返事もしてくれなかった。祐二は不思議に思ったが、お姉さんも自分を見ていることに気がついた。
「うん、そうだね、いいよ、お姉さんも一緒に行って。一緒に行こうよ」
「いい子にしてたらな」
「いつもいい子だよ」
 お姉さんは何も応えず、優しい眼差しでずっと祐二を見ているだけだった。
「そうだな。でもしばらくはおかあさんに連れて行ってもらえ」
「どうして。お父さんとがいいや。おかあさん、肩車できないんだもん」
 父親は、無理を言うじゃない、と言ったっきり、お姉さんと静かに小さい声で話を続けた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-03-04 14:29 | 海の明かり

そのひとの娘が待っていた場所

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—あれ?
 通りに出ているライブハウスのネオンが消えていた。
—そっか、ここは始発までなんだ。
 ぼくは狭く薄暗い急な階段を、二段跳びで降りた。
—まだいるよね。
 階段正面のドアの小窓から、うっすらと店内に明かりが残っているのがわかる。でも閉店にすべり込んだはずのその明かりが消えていたネオンとともに、ひんやりと不安なイメージをぼくに与える。そんなイメージを振り払いたくて、ぼくは力を込めて、そのひとの娘への想いを込めて、ドアに手をかけた。
—いてくれ。
 正直な気持ちだった。そのひとの娘にいてほしかった。
 ドアを開けて中に一歩入ると、人っ子一人いない店内で、店じまいをしている店員がいるだけ。店員は奥のステージから「もう終わりだよ」って目で合図をする。
—やっぱり遅すぎたよね。
 ぼくは天井に向かってため息をひとつつき、首をふった。
 落胆した苦笑いとともに、壁際の背の高い椅子に軽く腰をかける。さっきの店員は「まぁいいか」と首を振る。一個だけ残したスポットライトがステージを照らす中、テキパキとイスを片付ける店員。ニューヨークヤンキースのキャップがよく似合っている。熱気の引いたそんなライブハウスにぼくは今、ひとりでいる。そのひとの娘の気持ちに応えることができなかったのか、間に合うことができなかったのか。この場所は静かに明日のために眠りにつこうとしている。
「きっとあなたね」
 ヤンキースキャップの店員がキャップを取って話しかけてきた。
「閉店間近に男性が息を切らしてひとりで現れるはずって聞いてたから」
 ぼくは狐に摘まれた気がした。店員はキャップに納めていた黒く長い髪を軽くすくいあげて、ぼくにメモを手渡す。黒髪は反対側のステージを照らすスポットライトの光でもきれいに輝いていた。
「待たせちゃだめだし、帰しちゃだめだし、それに泣かせちゃだめでしょ」
 少し怒ったような目つきで店員はそう言い終わると、優しげに微笑んだ。
「でもさぁ、それでもこんな時間になっても、それも息を切らして来てくれるって幸せよね」
 ぼくは間に合わなかったバツの悪さを口元の笑みで隠し、店員からメモを受け取った。
ー間に合わないと意味はないでしょう。
 店員にそう言おうとしたちょうどそのとき、携帯電話がそのひとの娘からのメールを知らせる着メロを鳴らした。
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by hello_ken1 | 2006-03-04 14:16 | そのひと