今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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黄緑色の手の女の子 #6


Venetian Portal, originally uploaded by Chris-B.

 きみは、半分ほど吸い終わったタバコを灰皿に戻すと、いたずらっぽくぼくをのぞき込んだ。
「どうしてその指輪を選んだの」
 ぼくはと言えば、きみが灰皿に戻したタバコに目をやりながら、手元のグラスを口に運ぶ。
 灰皿から昇る一筋の煙は、テーブルの上の裸電球にうまく融合していった。

 重厚なドアは、意外と簡単に開いた。蝶番のきしむ音もしなかった。妙に力んでいたぼくは、肩すかしを食らったようだ。
「今日はあなたの日なんだから、あなたには簡単に開け閉めができるのよ」
 女の子は、ぼくが力んでいたのを完全に見すかしていた。
「青年の言葉が頭にあったんでしょう。でも、今日はあなたの日なの。青年の日ではないわ」
「ねぇ、あなたの日、あなたの日って、きみは何回も口にするけど、それってどういう事なんだい」
 ぼくはドアを半分開けたまま、後ろを振り向いて、女の子に話しかけた。
 と、女の子は、後ろにはもういなかった。
 ぼくは背中に寒気を感じた。そして同時に、
ーもう戻れない。とりあえず、このドアの向こうに足を踏みいれないことには、事態は変わらない。
 でもドアの向こうには暖かい何かがあるような気がしていた。
 ぼくは中に足を踏み入れた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-04-29 20:01 | 黄緑色の手の女の子

そのひとからの携帯メール


catch ur call, originally uploaded by hello.ken1.

 そのひとから携帯で写真が送られてきた。いつの間にかにそのひとは、携帯を普通に使えるようになっている。

 送られてきた写真は二枚、そのひとの誇張された爆笑ものの笑顔とそのひとの娘のタンクトップの後ろ姿、笑っている横顔がうかがえる、きっと隠し撮りだろう。
「娘の笑顔が戻りました」これがメールのタイトルだった。
 それを素直によろこんでいるそのひとの様子が、写真のへんてこな笑い顔から充分すぎるほど読み取れる。
—よろこびのおすそ分けだよ。
 そのひとはメールの本文に書いてきた。和んだ雰囲気が携帯を通してもあふれんばかりに伝わってくる。

 そんなふたりの女性と知り合いでいれるうれしさを、ぼくは照れ笑いの写真を添えた返信で伝えた。
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by hello_ken1 | 2006-04-29 19:46 | そのひと

黄緑色の手の女の子 #5


, originally uploaded by BrndnPrkns.

 ぼくが覚悟を決めて小窓のついているドアをノックしたのは、青年が駅に着いた頃だと思う。それが正しいのか、そうでないのかはわからない。T字路から右手にすぐにある建物なのだから、本来ならば、当然青年は駅には着いていないであろう。ぼくはノックする覚悟を決めるまでに相当な時間を要したような気がした。
「こんばんは」
 ぼくはノックの後に、小さな声であいさつをしてみた。、、、返事が無い。
 頑丈そうな大きな木のドアの少し高い位置に、窓はついていた。頑丈そうなドアは年輪を感じさせたし、窓の位置は高く、そのうえスリガラスがはめ込んであったので、ぼくはドアを開けて良いものかどうか、困惑していた。
「中に入るんだったら、自分でドアを押すのよ」
 ぼくの後ろから声がした。ぼくがあわてて振り返ると、そこには女の子が立っていた。
「なに、ためらってるの。あなたのために、なつかしいものが入ってるのよ」
 細い銀縁の眼鏡を掛けた、赤っぽい髪の毛の、ぼくより少しばかり背の低い女の子だった。
ーさっきの青年と言い、この女の子と言い、全く今夜は何なんだいったい。
「何の事を言っているんだい、きみは」
「あなたの事を言っているのよ」
 そう返事をする女の子の両手は、爪の先まで黄緑色に染まっていた。髪の毛は赤っぽく、両手は黄緑、そして、顔色は抜けるように白く美しかった。
「今夜、あなたは何をしにここまで来たの?」
「ただ何となく」
 ぼくはつい正直に答えてしまった。
「何となく、なあに?」
 女の子はぼくの返事が曖昧なので、少し苛着いているようだ。
ー綺麗な顔をしているのに、少し気が短いのかな、この女の子は。
 そう思えるとなぜだか妙に気持ちが落ちついてきた。
「小物を捜しに来たんだよ」
 落ちつくと、素直に、女の子に気持ちを伝えられた。
「そうよね、今夜のこの店はあなたのために開いているんだもの」
 ぼくより少しばかり背の低いその女の子は、かわいらしく、あごをちょっとつきだし、甘ったるい声で言葉を続けた。
「早くそのドアを開けて」

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-04-23 02:22 | 黄緑色の手の女の子

そのひとの娘と止まっていた腕時計


 腕時計が止まっていた。手巻きだから、しかたないかもしれないけれど、そしてその長針は零時五分を指していた。午前の時間なのか、午後なのか、そんなことを思いながら、ぼくは止まっている腕時計を見ていた。
「久しぶりだね」と、そのひとの娘。
 ぼくは腕時計から顔を上げてそのひとの娘をみつめた。
 そのひとが笑顔でカフェを出て行った後、そのひとの娘とぼくは丸い小さなテーブルをはさんで向かい合っている。
「ねぇ腕時計止まってるの?」
「そうみたいだね。手巻きだからこんなこともあるさ」
 前回巻いたのは、そうだ、日本を離れる話を初めてした日だ。あの後いつの間にかぼくらの時間は止まっていたんだね。ぼくは腕時計を外し、そのひとの娘の優しい笑顔を感じながら、ゆっくりとネジを巻いてみた。
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by hello_ken1 | 2006-04-22 20:25 | そのひと

黄緑色の手の女の子 #4


, originally uploaded by soaked.

「また良いものが入ったら連絡くださいね。今日はぼく好みじゃなかったけど、気にせず声をかけてください。じゃっ、さようなら」
 そう言って、一人の青年が明りがもれている小窓のあるドアから、礼儀正しく出てきた。
 あまりに青年が礼儀正しく出てきたのと、たまたまぼくと目があったのが重なって、ついぼくも礼儀正しく頭を下げてしまった。
 ぼくは頭を下げながら、
ーちゃんと人はいるじゃない。
と、当り前の事が脳裏をよぎった。それほど人の気配と言うものがしない並木道だった。
「あなたもここに来たんでしょ」
 唐突に青年が話しかけてきた。ぼくが頭なんか下げたりするものだから、青年の方も、自分と同じ用事があると思ったのだろうか。ぼくが返事に困っているのなんてお構い無しに、青年は言葉を続けた。
「今日は久しぶりになつかしいものが入ってますよ。残念ながらぼく好みじゃありませんでしたけどね。あなたには好みの物があるかも知れない。早く行かないと閉まっちゃいますよ。では、ぼくはこれで」
 そう言い終わると、青年はぼくの返事も聞かず、今、ぼくが歩いてきた並木道を駅の方に向かっていった。
 ぼくは青年の存在に安堵感を覚え、薄ぼんやりと見える青年の後ろ姿をみつめていた。
「そうそう、今夜のドアは意外と重たいですよ」
 青年の声が、遠くで聞こえた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-04-16 01:37 | 黄緑色の手の女の子

そのひとと春色


good morning, originally uploaded by bellylou.

「今度おんなのこ、紹介したげようね」
 そのひとはそう言って珈琲カップに口をつけた。わりと明るめの春色のルージュは、そのひとを年齢よりも若く見せていた。テーブルに戻された珈琲カップも縁に付いたそのルージュのせいで、ちょっと色っぽくいい感じに映る。
「どんな子が好みだったっけ」
 じっと食い入るようにぼくを見つめるそのひと。
ーいいですよ。
「遠慮しなくていいんだよ。今の彼女とうまくいってないんだろ。遠目でもこのところの顔みてたらわかるんだから」
ーいや、そうじゃなくて。
 この地を離れることはまだ口にしていない。なんとなく今日の場は違う気がしていた。久しぶりにそのひとからの休日の呼び出し、何週間ぶりだろう。ぼくは二つ返事でこのカフェに来ている。
「大丈夫、わたし似のかわいい子がいるんだ。わたしのかわいい娘なんだけど」
—え。
「きみと同じで最近ちょっと元気がないんだ。わたしとの今日のデートのお返しに、娘とデートしてくんないかな。あっ来た来た」
 そのひとが手を振るその先には、春の装いに身を包んだそのひとの娘が立っていた。
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by hello_ken1 | 2006-04-15 15:03 | そのひと

黄緑色の手の女の子 #3

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 ぼくは幼い頃に行った遊園地の事を思い出しながら、その並木道を歩いていた。
 ジェットコースターよりも観覧車が好きだった。ゆっくりとした速度で、それでも気づいたときには、遊園地の中でいちばん高いところにぼくを運んでくれる。遊園地のすべてを見渡せる。遊園地の外れの方で、ぼくと同じくらいの女の子が両親に手をつながれて展望台の方に歩いているのも見て取れる。それに遊園地を取り囲む周りの街並み、山々をも見渡せる。
 そして、コーヒーカップよりもメリーゴーランドが好きだった。馬に乗って一周して戻ってくると、そこにはぼくを愛している人が笑顔で手を振っていた。音楽が鳴り終わるまで、何周しても、戻ってくるとそこには両親がいて、必ず笑顔で手を振っていた。
 しかし、いつも最後にこう言われた。
「次に来るときはもっと男っぽい乗り物に乗ろうね」と。
 男っぽい乗り物ってなんだろう。当時のぼくにはわからなかったし、今もわからない。

 昔の事を思い出しているうちに、並木道の終点のT字路まで歩いてしまっていた。まだ夜もそんなに遅くないのに、ここまで来る間、誰とも会わなかった。そう言えば車も行きすぎなかった気がした。
ー不思議な日だなぁ。
 警戒心も無くそう思った。

 T字路で立ち止まってどちらに行こうか道の左右を遠くまで見渡しても、これといった明りもない。左右両方の道で唯一目にすることのできる明りと言えば、遥か彼方に浮かび上がっている交差点の信号くらいだった。ただ右手にあるの建物のドアに着いている小窓からわずかに明かりが漏れていた。 
ーこの駅の周りって、こんな感じだったっけ。
 いまいち自分の記憶にも自信が無い。
ー小物を捜しに来たのに、これじゃ捜しようもないな。

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-04-08 11:32 | 黄緑色の手の女の子

そのひとの娘がそこにいる

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「もう少ししたら日本を離れようと思う」
 何の会話だったんだろう、何の話をそのひとの娘はしていたんだろう、ぼくは持ち上げたコーヒーカップに視線を移してそう言った。そのひとの娘が話すのをやめたのか、それともちょうど話の途切れだったのか、一瞬、空気の流れが止まった気がした。それはそのひとの娘にとってもきっと同じように感じたに違いない。
 視線をコーヒーカップからそのひとの娘に戻すと、じっと動かずにこっちを見ているそのひとの娘がいた。こんなにもきれいな目鼻立ちだったのか、こんなにも涼しげなアイラインだったのか、今日はじめてそのひとの娘がこんなにもきれいだったのを知った気がした。
「ずっと前からそう思ってたんでしょう」
 ぼくはゆっくりと噛みしめるようにうなずいた。
「ずっと心に決めてたんでしょ。言ってくれなければわからないこともあるのよ」
ーそうだよね。
「だからなのかなぁ。ほんとに恋い焦がれるほど好きかどうか、わかんなくなってたの」
 そのひとの娘はカフェのウインドー越しに見えるさくらに目をやった。さくらははらはらとその美しい花びらを風に舞わせていた。
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by hello_ken1 | 2006-04-08 11:11 | そのひと

きみのもしもし #3

今日はきみのもしもしが聞こえない。
ぼくの携帯電話の調子が悪いのか、きみの携帯電話が圏外なのか。
何回やっても、今日はきみのもしもしが聞こえない。
ぼくの気持ちの100%がきみに向いていないのか、
それともきみの気持ちの10%がよそ見をしているのかな。
時間をおいても、今日はきみのもしもしが聞こえない。
こんな夜はどうしよう。もう一度だけ、もしもし。
やっぱり今日はきみのもしもしが聞こえない。
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by hello_ken1 | 2006-04-05 00:37 | きみのもしもし

黄緑色の手の女の子 #2


Tower Bridge, originally uploaded by Sun-kissed.

 あの日、30歳の誕生日を真近に迎えたぼくは、会社帰りに何の気なしに途中下車をした。その駅の周辺に学生時代によく行った飲み屋があるとか、ましてや昔の彼女の家がこの駅の近くだとか、そんなノスタルジックな想いに駆られてではなかった。
 ただなんとなく、本当になんとなく。さほど混んではいない電車を降り、ぼくはホームに降り立った。
 存在感の無いホーム。他に表現のしようが無いほどそう感じられた。
 ホームには次の電車を待つ人が携帯電話で音楽を聞いている。駅員はホームに捨てられたタバコを集めている。全く他人とはかかわらないで、様々な人がそれぞれの時間の中にいる。これほど自分にとって存在感の無いものはないかも知れないと思った。ボーっとしていれば自分も含めたどこにでもある駅の風景なのに、この時だけは異質のものに感じられた。周りの音が全く聞こえてこなかった、全く感じられなった。
「改札でて、小物を見てまわらなくっちゃ」
 何ともなしにそう思った。すべてが、自分の意志ではなく、今日はそういう日であるとはじめから決められていたかのように、ぼくは何かに引き寄せられ、それが何かも分からないまま行動をはじめた。
 途中下車した駅の周辺には何もなかった。ただ、ずっと先まで続く長い並木道が目の前に延びていた。住宅街があるわけでもなく、並木道沿いに公園があるだけだった。
 夜の公園。この季節は闇に包まれるのが早い分、公園が静かになるのも早いのだろうか。公園には人っ子ひとりいなかった。誰もいない公園、並木道から見える噴水は高だかと水を上げ、途轍もなく広そうな公園をすべて見渡しているかのようだった。噴水には人格があり、自分一人で夜を楽しむように、足元から照らされる虹色のライトで様々に趣を変えていた。なぜかその光景は、ぼくに幼い頃見た遊園地のメリーゴーランドを思いださせた。そしてぼくの周りの音がメリーゴーランドの音楽に感じられた。

「今してる指輪って、何処で買ったの?」
 ぼくの左手の人差指にしている指輪を見ながら、きみはタバコに火をつける。本数が残り少なくなったタバコの箱をぼくの右側に置く。

(続く)
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by hello_ken1 | 2006-04-02 03:13 | 黄緑色の手の女の子