今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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<   2007年 08月 ( 8 )   > この月の画像一覧

プロミス #55


Gaze, originally uploaded by Magander.

 翌日、おれはひとりであーくんのいる病院へ向った。途中、母親へは電話を入れ、葉子にはメールを打った。
「麗奈ちゃんのお母様からも、丁度さっきお電話をいただいたのよ」
 母親はおれが無事こっちに着いたことを知って、安心しているようだった。
ーあーくんも心配だけど、麗奈ちゃんには会えたの?
 葉子には昨夜麗奈の父親から打ち明けられたことをどう伝えようか、決めかねていた。
ー会えたよ。
 おれは、嘘ではないと、自分に言い聞かせて、麗奈からのメールに一言だけ返信をした。
 数分後、メールの着信をおれの携帯が知らせる。でも、そのメールの差出人が葉子であること、そして「麗奈ちゃんは元気だった?」と聞いてくる内容だろうことは容易に想像でき、そのメールはあーくんと会ってから開くことにした。あーくんの意識が戻れば、麗奈のことを何か話してくれるかも知れないと期待したから。

 おれは、小学校のときにあーくんに声をかけられたのを、病室で思い出していた。
「ゆうじって言うんだね」
「そう、こばやかわ、だよ」
「えっ、ゆうじって言うんだよね」
「あれ、今、こばやかわって呼ばなかった」
 初めて言葉を交わした時は、あーくんが心の中で「こばやかわ」と思ったことが聞こえていたはずだ。あれは不思議な感じだった。友だちになった瞬間はあのときだと確信している。それから一度もあーくんの心の声を聞くことはなかった。心に直接聞こえてくる他の人たちとどう違うんだろう。未だにはっきりとした理由はわからない。もともとそんな声が聞こえている事自体、あーくんしか知らないし、そのことをまわりに知ってもらおうとも思わなかった。だから、おれとあーくんが理由を分からない限り、他の人たちとどう違うかだなんて、知りようもなかった。

 でも、こんなときこそこの不思議な感覚がおれとあーくんの間で成り立って欲しいと思った。
「そろそろ起きようぜ、あーくん」
 どうすればあーくんが目を覚ましてくれるのか分からないおれは、とにかくあーくんの手を握りしめ、話しかけてみた。
「何が起こったのか、何を見たのか、教えてくれないと、前に進めないよ、あーくん」
 肉体的に動けなくても、意識だけでもこの肉体の中で目覚めているのなら、それこそおれの心に直接語りかけてくればいい。けど聞こえてこないのは、おれの心に問題があるのか、あーくんの方の問題なのか、今のおれには分からない。
ーあーくんの意識は一生懸命話しかけているのに、おれの心がブロックしていたら、どうしよう。
「あーくん、頼みがあるんだ。もしおれの声が聞こえていて、おれに何か伝えようとしているんだったら、この手をどうにかして握り返してくれないか。ほんの少しでいいんだ、あーくん」

 蝉の鳴き声が聞こえる。
 廊下を歩く看護婦さんだろう、そのゴム底のサンダルの音もたまに聞こえる。
 本来の面会時間までには時間がある。今、人の気配はしない。
 この病室はまだあーくんだけ。
 窓は開いていて、夏の午前中の少しひんやりとした空気が流れてくる。
 カーテンが微妙に揺れる。
 蝉の声が止んだ。
 また部屋の温度が少し下がった気がした。

ーあーくんは希望して、わたしと一緒にいようとしているのよ。
 おれの背後に麗奈の気配がした。
ーそれに、あーくんの声だけはあなたの心には届かないから。
ーえっ。
 振り返ろうとしたおれの体はおれの命令を聞かなかった。
ー教えてあげるね。

(続く)
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by hello_ken1 | 2007-08-26 18:57 | プロミス

プロミス #54


ruby avenue fire, originally uploaded by foreversouls.

 これから宿泊場所を探そうとしていたおれに、麗奈の両親は自分たちの家に泊まるよう勧めてくれた。
「わたしから小早川くんのご両親には電話を入れておくから」
 おれは麗奈の父親の厚意に甘えることにした。

 麗奈の家に着くと、母親はおれに「暑かったでしょう」と冷蔵庫から冷えた飲み物を出そうとした。
「ママ、ビールを頼む」
 母親はさほど驚かない素振りでおれの前にもビールグラスを置いた。
「祐二くんも、よね」
「あとは男同士で軽く飲んで寝るから。今日は暑くてママも疲れただろう、先に休んでてくれ」
 母親がおれの様子をうかがう素振りを見せる。
「ええ、まだ大丈夫ですからお先にどうぞ。ぼくは少しビールをいただいてから休ませていただきます」

 母親が奥に下がり、おれと父親が一二杯ほどビールを注ぎ合った後、父親はおもむろに立ち上がった。
「ちょっと来てくれないか」
 そう言って案内されたのは、麗奈の部屋だった。
「きちんと伝えていなかったね」
 その部屋に入り、差し出された椅子に、おれは腰かけた。
「由香ちゃんも混乱してるんだろう。彼女にもずっと連絡を取っていなかったから」

 麗奈の部屋は、おれと同じ歳の女子高生の部屋と言うよりも、幼い少女の部屋と言ったほうが違和感のない小物が沢山あった。ずっとこの部屋には戻っていないんだろうな、おれにそう思わせるには十分だった。
 父親は壁に貼り付けられたクレヨン画や、家族みんなで写っている写真をひととおり見渡すと、おれに視線を戻した。
「麗奈はもういないんだよ」
 突然、父親が絞り出すような口調でおれに話し始めた。
「もういないんだ」

 誰かがいつかおれやあーくんにそう言うだろうと予想はしていたが、麗奈の父親の口から聞かされるとは思わなかった。
 葉子の体を通しておれやあーくんと接触してきた麗奈、あの現象を信じることは麗奈に起こった何かを肯定することになる、それだけは肯定しちゃいけない、それをあーくんやおれは無意識に感じていた。あーくんはおれの知らないところでその何かを肯定したんだろうか、その結果が今日に結びついているんだろうか。

「実はもうずいぶん経つんだ」
 父親は麗奈のベッドに腰を下ろした。
「あの子がいつもの発作で、ある日窓ガラスを割ってね。はずみで母親の手首を傷つけてね。いや、大した怪我じゃないんだ」
 部屋の温度が下がった気がした。麗奈がそばにいる、一緒に話を聞いている、おれは車の中のクーラーの感覚、病室の涼しさ、そして今、それに似た温度感を肌に感じはじめた。

「母親は偶然だから気にしなくてもいいと、その日泣いてばかりいる麗奈を幾度となく、なぐさめたんだが」
 温度がまた少し下がった気がした。いや、確実に下がっている。
「その日の夜に診療所が不審火で全焼してね。麗奈だけ火事場から発見されなかったんだよ」
「じゃあ、行方不明なだけかも知れないじゃないですか」
 おれはわかりきった期待のない言葉を、父親に向けた。
「そう思いたかったよ。だけど二日後に診療所の先の断崖の下、海に面しているんだがね、そこにちょうど体半分、下半身だけ海に浸かった状態の麗奈が発見されたんだ。もう目覚めることはなくてね」
 父親の右肩のまわりの空気が、おれには溶けているように見えた。その空気を通して見える壁のクレヨン画がバレットで混ざった絵の具のようにゆがんで見えた。

「不審火の原因は結局分からずじまいなんだが、当時診療所にいた人は患者さんも看護婦さんも当直の医師も、不思議と誰一人として助かっていないんだ。全員焼け死んだのに、麗奈だけきれいな顔のまま」
 父親は少し言葉に詰まった。
 そのとき、父親の右肩のまわりだけでなく、部屋全体の空気が一瞬ゆがんだ気がした。
ーわたしじゃないのよ。
 麗奈の意識がおれの心に直接訴えてきた。
ー大丈夫、わかっているよ。
「麗奈はその不審火には絡んでないですよ、きっと」
「わたしもそう信じているよ」
 父親は力なく微笑んで見せた。
「ただ大勢の方がなくなった、そのせいだろう、みんな気味悪がってね、診療所跡はまだ放置されたままになっているんだよ」

 父親のまわりの空間がそっと揺れている。麗奈が父親を優しく包んでいる。
 そのとき、おれの視界に母親の姿が入ってきた。
「パパ、何を言っているんですか」
 母親は涙でいっぱいの真っ赤な目をして、いつの間にか、麗奈の部屋の入口に立っていた。
「麗奈はいますよ。生きているんです。だってわたし今日も話しましたもの」
 
(続く)
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by hello_ken1 | 2007-08-18 21:57 | プロミス

きみの写真を撮ろうとするわけ

 涼子は一度だけ祐二に尋ねたことがあった。
「ねぇ写真撮るの、楽しい?」
「楽しいよ。風景を切り取るのも楽しいし、涼子の笑顔を撮るのも好きだな」
「いっぱい撮ってるよね、わたしのこと」
「うん、だって自然な笑顔でこっち向いてくれるんだよ、涼子は」

−でも
と、涼子は思った。
−でもね、きみはいっつも尋ねてくるんだよ。「ねぇ撮っていい?」ってさ。

「涼子の笑顔をいつでも見れるようにさ、手帳に忍ばせておくんだよ」
 裕二の口から意外な言葉を聞いた気がした。このひとはわたしの写真を持ち歩いてくれている。
「子供の写真を持ち歩くパパみたいだね。でもさ、だったら一枚あればいいじゃん」
「きみの笑顔って一種類だけじゃないだろ。いつも一緒じゃないんだからさいろんな涼子を持っときたいの」
「いつでも呼んだら会いに行ってあげるよ」
「そうもいかないだろう」
「わたしはそんな事ないよ。裕二はさ、わたしと仕事どっちて聞いたらきっとわたしより仕事を選ぶでしょ」
「聞くの?」
「聞かないよ、わかっていても知りたくないもん。でもね、それでいいのよ。そうじゃなくっちゃ。どんなときでもわたしは大丈夫だからさ」
「うそだね」
−そう、うそだよ。そんなのうそに決まってんじゃん。
 涼子は顔を10センチ裕二に近づけた。
「じゃあ、うそだと感じたときだけは何をおいても会いに来てよ」
「わかんないな」
 何食わぬ表情でテーブルの上のカメラを手にする裕二。
「えっ」
「いや、うそがどうかがわかんないってこと」
「わかるようになってよ、そのくらい。それだけでいいからさ」

−あのクリスマス一週間前、ここでそんな会話したなぁ。
 二杯目のコーヒーを半分ほど飲むと、視線がテーブルの上の携帯電話に落ちた。折りたたんだその携帯の小窓にはメールの着信を知らせる絵文字が静かに点滅していた。
−あっメールだ。
 そう思い携帯電話を手にとろうとした涼子の視界に息を切らした裕二の姿が入ってきた。久しぶりに会うふたり、涼子は裕二の顔を見ながら昨年のクリスマスのやりとりを思い出していた。

「今夜、行けなくなった」
「仕事なんだね」
−どうしても来れないの。
「予約どうしよう」
−遅くなっても来てほしいな。はじめてのクリスマスだよ。
「大丈夫だよ。キャンセルも」
「どうしてる」
「そうだね、観たかった映画が今日までなんだ。それに行くよ」
−クリスマスまでの映画なんてないよ。会いたいな。
「じゃあ、わるいな」
 それからずっと続いてる裕二の多忙な仕事。
 なんとなく会いたくなくなったのは涼子の方。

「やっぱりここにいたんだね」
−ねぇわたしたちはどこにいるのかな。
「写真、クリスマスの前にここで撮った写真、できたぜ」
−ずっと会ってなかったね。
 裕二はお店のサービスのコーヒーを受け取ると、涼子の隣にゆっくり座った。座るとひじをつき、涼子の顔を覗き込んできた。満面の笑顔、裕二の笑顔。
−不思議だなぁ、この笑顔。
 裕二の笑顔が涼子のわだかまりを溶かしていく、涼子自身がそれを一番感じていた。
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by hello_ken1 | 2007-08-18 09:19 | another story

雑貨屋のテーブル

 雑貨屋の奥には休憩スペースがあった。輸入物のステーショナリーが置いてある棚に沿って12歩進むと、右手の奥に入口からでは目につかないその場所にたどり着く。12歩、それは涼子の歩数であり、決して祐二の歩数ではなかった。

 会社のデスク用に使い勝手のよさそうな小物を探していた涼子は、無意識のうちにその歩数を刻んでいた。休息スペースのテーブルにはガラス越しの冬の陽射し、その暖かそうな陽射しはテーブルに置かれている小さなグリーンを優しく包んでいた。
 涼子にはそのグリーンが光を存分に吸収しようと目一杯6枚の葉を広げているように見える。

 12歩を数えてみたのは1年前の涼子。祐二は涼子にせがまれて歩数を確認してみたが、笑いながら、そんなにかからないよ、と涼子とならんでそのテーブルについた。12歩の会話でその日は終始し、互いに笑いあえる笑顔があった。そのときもテープルにはグリーンが置いてあった気もする、今の涼子はそれさえ鮮明に思い出すことができない。

 数カ月前、このテーブルから店内の雑貨を背景に涼子は祐二に写真を撮ってもらった。
「ねぇ、写真撮ってもいいかな」と祐二。
「撮りたいんでしょ」
「まぁね」
 祐二が持ち歩くカメラ、祐二が向けるレンズ、そして控えめなシャッター音。涼子はどれも好きだった。それにもまして好きだったのは、そのときの祐二のはにかんだ顔、どれだけ撮らせてあげてもはにかんで聞いてくる。
「ねぇ撮っていい」

 サービスで一杯だけ飲めるこの雑貨屋のコーヒー。それほど客が入っているわけでもなく、このテーブルに腰掛けている客の姿も見たことがない。涼子がこの店に来るときは必ず空いているテーブル、ほっと一息つける、通りの雑音も届かない、時間が独立している。涼子の好きな場所だった。独特の苦味のあるコーヒーも好きだった、サービスは一杯だけ、お替わりはなし、料金無料、セルフサービス、でも美味しかった。

 この場所のことに思いを巡らせると必ず祐二の笑顔が重なる。祐二ははじめて入ったこの雑貨屋でフォトフレームを買ってくれた。
「どうするの」
「どうにでも」
「じゃあ祐二が撮った写真を飾るね」
「涼子の顔ばかりだよ、おすまし顔、真剣な顔」
「わたしは街の風景がいいな」
 微笑ながらうなずく祐二の顔が陽射しの中に浮かんだ。
 そんな祐二の顔を思い出していると、涼子の携帯電話にメール着信を知らせるランプが光った。
「写真があがってきた。見せたいんだけど、今、どこにいるのかな」
 祐二からの短いメール。タイトルは「写真」。涼子は冷めかけたコーヒーに口をつけると祐二からのメールを削除した。

「コーヒーのお替わりはどうですか」
「ええ、でも、いいんですか」
「気持ちが落ち着くまでいいですよ」
 女性の店主が静かにコーヒーを注いでくれた。はじめてのことだった。
「大丈夫ですよ、笑顔を忘れなければきっとうまくいきますから」
 涼子が店主の言葉に驚いて顔を上げると、彼女はゆっくりうなずいてレジの方へ戻って行った。
 暖かいコーヒー、不思議な言葉、柔らかい陽射し。涼子はテーブルのグリーンを少し引き寄せると、自分に言い聞かせるように話しかけた。
「このコーヒー飲み終えるまでにもう一回、祐二からメールが来たら、、、」
 そのとき光った携帯電話の着信ランプは陽射しに包まれ、涼子はまだそれに気づかず2杯目のコーヒーに口をつけた。
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by hello_ken1 | 2007-08-18 09:19 | another story

きみのもしもし #24

 タイトルも本文もないメールがきみから届いた。
 代わりに黄色で埋め尽くされた写真だけが添付されている。
 なんだろうとよく見てみると、その黄色は辺り一面の向日葵。
 世界中が向日葵の中で、きみが手を振っているのがわかる。
「もしもーし、元気ぃ、暑中見舞いだよぉ、届いたぁ?」
 きみのリアルな声がたくさんの向日葵とともに、この暑さの中、ぼくを笑顔にしてくれた。
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by hello_ken1 | 2007-08-13 00:00 | きみのもしもし

プロミス #53


wandering down the hallway, originally uploaded by Jaybert.

 看護婦さんに事情を説明し、とにかく一目だけでもあーくんに会わせてもらえることになった。
「他に患者さんもいないし、いいでしょう。でも、無理に起こしちゃだめですからね」
 麗奈の両親は、おれをあーくんの病室の前まで連れて行ってくれると、ロビーで待っているからとおれに告げ、病室の前から去って行った。

 ドアを開けると5つのベッドが空のまま、右奥にカーテンのかかったベッドがあった。ベッド備え付けのスモールライトがカーテンにシルエットを映しだしていた。
「あーくん、起きてるの?」
ー起きてるんだったら看護婦さんに知らせなくっちゃ。
「あーくん?」
 おれは部屋全体の空気の冷たさが気になった。この冷たさは覚えがある、さっきの麗奈の両親の車のクーラーに似ている。

ー何しに来たの、祐二くん。
 あーくんの隣のベッドまで来た時に、突然、強い響きが胸に届いた。
ー明くんを起こさないでよ。
 カーテンに映っているシルエットの輪郭がさっきよりはっきりしたように思えた。
「麗奈?あーくんのそばにいていれたのかい」
ーそうよ。
 返事に少し間が合った気がした。
ーずっとわたしが側にいたのよ。そして、これからもずっと。
 カーテンが揺れた。
ー明くんはわたしに会いに来てくれた。でも、祐二くんは違う。わたしじゃなくて、わたしに会いに来た明くんを連れ戻そうとしてる。
「あーくんは体調がよくないんだ。だからあーくん一人だと心配だから」
ーわたしは?わたしのことは心配はしてないの?
「そうじゃないよ。そうじゃないんだけど」
ーほんとはね、わたしが明くんのそばにいるんじゃないんだよ。わかってないな、祐二くんは。
 シルエットが一歩、ベッドから離れた。
ー明くんの方が、わたしのそばにいてくれているの。わたしがひとりぼっちにならないように、明くんがそうしてくれているのよ。
 カーテンが動いて、シルエットが、麗奈がおれに姿を見せようとした。

「電気は点けてもいいのよ」
 おれの背後で看護婦さんの声がして、病室の蛍光灯が眩いばかりに点灯された。
 その瞬間、シルエットがおれと看護婦さんの間をすり抜けて、病室から消えて行った。
 看護婦さんは何事もなかったようにおれに近づくと、一緒にあーくんのベッドサイドに来てくれた。
「いつ目覚めても驚かないようにこのスモールライトは点けているのよ。だって目が覚めたら真っ暗だったってのは誰だってきっと嫌でしょ」
 おれはスモールライトに照らされているあーくんの寝顔をのぞき込んだ。血色は悪くなさそうだ。
「でも、カーテンは誰が引いたんだろう。暑いと思ってオープンにしておいたのにね。あら?この病室は妙に涼しいわねぇ」
 窓でも開いてるのかしら、と看護婦さんは窓の確認を始めた。
 おれは、毛布から出ているあーくんの右手を握りしめると、その右手は温かく、おれに安心感を与えてくれた。
「あーくん、明日また来るよ。そして、起こしてあげるから。約束する。待ってな」
 
(続く)
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by hello_ken1 | 2007-08-12 19:44 | プロミス

きみのもしもし #23

「もしもしぃ」
 めずらしく不満げな響きが込められている気がした。
 そんなときは、
「もしもしぃ」
 おんなじように返答する。
「どうして道の右端を歩くのかなぁ」
 きみの部屋を出て、マンションの前の道を歩く。何も意識せず、右側通行。
「その道はね、左端を歩くと、角を曲がる時にわたしのお見送りの笑顔が見えるんだよ」
ーえっ。
 あわててその角で左端に移ると、きみが大きく左手を振っていた。
ーそういうことか。
「つぎから左端を歩くよ」
 きみが窓から身を乗り出しているのがよく見えた。
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by hello_ken1 | 2007-08-05 14:25 | きみのもしもし

プロミス #52


F train platform, originally uploaded by adropp.

 おれはあーくんの信号が消えたことを、表現を変えて両親に伝えた。
「学校のこともあるんだけど」
「ずっと友だちだったんじゃないか、祐二の気が済むようにしなさい」
「そうよ。祐二くんにとって何が大切かが重要なのよ。でも1日一回は電話を頂戴ね」
 そんな両親は優しくおれを送りだしてくれた。
ーふたりして元気で戻ってこい。
ー早くいってらっしゃい。
 ふたりの心の声がおれの胸に響いてきた。おれだけじゃなく、おれの友だちのことまで本当に心配してくれているのが、その響き方で強く感じられた。
「ありがとう。ちょっと行ってくるね。おれが行くんだもの、あーくんは大丈夫さ」
「そうだな。お父さんもそう思うよ。さっ、行ってこい」

 新幹線に乗って、在来線に乗り換えて、おねえさんから診療所に近いと教えてもらった駅に降り立つと、無人改札の先に一組の男女の姿があった。
「ゆうじくん?」
「小早川祐二くんかな」
 無人駅の改札前の街灯で浮かび上がったふたりの顔は、数年前の新幹線のホーム、麗奈を見送った時に見た覚えのある顔だった。
「わかるかな」
 確かにあのときよりも思っていた以上に歳を取っているように見て取れた。それはそうだろう、一人娘の治療とはいえ、会社を移りこの地での新しい生活を始めたのだから。でも、それ以上に抱えているものが、目の下、口元に現れている気がした。
「はい、小早川です」
「由香ちゃんから連絡があってね」

 電車を降りてからのうだるような蒸し暑さで噴きだした汗は、麗奈のおとうさんが運転する車のクーラーで一気に収まった。それは不思議な冷たさ、感覚だった。
「あーくんが麗奈に、いえ、明くんが麗奈さんに会いに行ったと聞いているんですが」
ーえっ。
 おかあさんの動揺が響いてきた。
 おとうさんはおかあさんに目配せをする。
ーわたしが話すから。
「明くんは今、市内の病院で休んでいるよ」
「元気なんですか」
「疲れているんだろうけど、ただ」
ーただ。
「意識がないんですね」
 おとうさんが運転席から後部座席のおれに顔を向けた。
「どうして」
「何となく、虫の知らせ、かな」
「眠っているよ。見つかった時からすでに眠っているんだよ」

 病院までの時間で、わかったこと、わからないことがある程度はっきりしてきた。
 麗奈のおとうさんはおれにあーくんの状況を説明することで自分の中でも今日起こったことを整理しているようだった。解決のしない整理、状況がより現実離れしている、それを再認識するだけだったのかも知れない。おかあさんはおとうさんがおれに説明する内容で、次第に嗚咽を漏らし始めた。
「着いたよ、小早川くん。もう遅いがどうする」
「一目だけでも」
 おとうさんは車を病院の裏口へ回してくれた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2007-08-05 14:08 | プロミス