今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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Midnight Zoo #2

 藤崎晴香はそのビルの受付に座っていた。
 ビルの受付は総合受付となっていて、特定の会社向けではない。晴香がその受付で働き始める前までは、総合受付はなかったと聞いている。大きなビルではなかったが、素通りでそれぞれの会社のフロアーに行けるのは、セキュリティの観点からよろしくないとのお達しがあったかなかったか、ICカードで開閉するゲートがエレベータホール前に取り付けられた。

「訪問先を確認して、受付にあるボタンでゲートを開けるだけ。あぁそうだ、ゲスト用のバッチもお渡ししてね」
 今回所属する派遣会社のマネージャーの曽谷から言われたのはそれだけだった。
 晴香がきょとんとしていると、曽谷は面倒くさそうに晴香の顔をのぞき込んできた。
「難しい仕事じゃないと思うけど」
 1年間フリーターだったときは海外をふらふらしていたとは言え、大学を卒業してからの3年間はそれなりの会社に就職していた。それも総務畑、だからこの派遣会社にもすんなりと入れたと思っている。もっと言うと海外をふらふらしていたときの語学力も買われていてもいいはずだ。
「ゲスト用のバッチにICは付いていないんですか」
 以前いたそれなりの会社ではすでに付いていた記憶があった。
「お金かかるからそこまでやってないんじゃないかな。とにかく受付の中にあるゲートを開けるボタンを押せばいいわけだから。いかにもって感じで」
 なんともいい加減なセキュリティだと思ったが、まぁ難しいことは苦手だからこれ以上つっこんで聞かないことにした。

 受付に座った初日、朝一番で曽谷も現れた。
「あそこ、見えるかな。あそこからこの受付は監視されているらしいから気をつけてね。いやいや、籐崎さんを監視してるんじゃなくて、不審人物がもしこの受付に来たときのためだから」
 そう言って曽谷は受付から見て右手の天上近くにあるキラリと光る丸いものに視線を投げた。指さしで教えるのもよろしくないのか、視線自体もそっけない感じだった。

 その後、受付はいつまでたっても晴香1人だった。
 業務説明のときに曽谷から「すぐふたりになるから」と聞いていた。だがすでに3ヶ月がすぎようとしていた。そして曽谷は外回りのついでにと、よくこの受付に寄り、監視カメラの視野外の立ち位置から晴香に話しかけた。
「なかなか条件の合うひとが見つからなくてね」
 晴香としてはひとりでも十分だと思うようになっていた。
 訪問者からすればゲートさえ開けばよく、ゲスト用バッチには興味もないし、渡せなくても誰もクレームを言ってこない。ランチに行く時もトイレに立つ時も「お急ぎの場合は直接ご問先にお電話願います」と書かれたボードと電話機を受付に出しておけばよい。先日の夏休みのときもそれで事は足りた。

 そんな3ヶ月もすぎ、ひとりで受付に座り始めて以来、もう3年目を迎えてしまった。まだ担当は曽谷だし、受付は自分ひとりのままだった。
 淡々とすごす毎日、受付ブースから視線ひとつでほぼフロアー全体を見渡せる。いろんな種類の人間がいるものだと毎日感心する。雑誌を片手に本当に時間をつぶしているひと、携帯の画面に没頭しているひと、それもゲームなのか、メールなのか、ネットサーフィンなのかまで表情でわかる、ノートPCに向って難しい顔をしているひと、携帯を耳に当て頭をさげ続けているひと、電話の声が次第に大きくなって行くひと。そして待ち合わせのシートからじっと晴香を見つめているひと。晴香としてはひとの視線を感じても、薄い笑顔を絶やさないでいれれば仕事をしたことになる。

 一日の終わりは受付ブースからまっすぐに見ることができる夕日だ。
 毎日ひととしての会話らしい会話もないままに仕事は終り、晴香はそのビルを後にする。
 ビルから足を踏みだし、陽が完全に落ちきった街に出ると、何かうれしくなってしまう。
 いつの頃からだろう、こんなに足取りが軽やかになったのは。
「さぁてと」
 晴香は口元に昼間とはまったく違う笑みを浮かべて、街灯が灯り始めた街へ歩き始めた。

続く
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by hello_ken1 | 2008-11-30 14:28 | Midnight Zoo

Midnight Zoo #1

 航は信号の赤い色が頬を染める晴香を見ていた。
 街灯もないこの交差点、唯一の明かりが信号だった。
 信号待ちをする車もなく、この時間、人通りもない交差点、航は赤い光を晴香の左目にも見つけた。
「帰るね」
 晴香は航の頬に右手を添えると、ふわりと交差点をわたりはじめた。
 思っていたよりもひんやりとした晴香の掌を頬に感じた航は、晴香の言葉でスイッチが入ったかのように、踵を返してさっきまで晴香といたバーに戻った。

「おや」
 どうして戻ってくるんだろう、と宙に浮くような声がカウンターの中から聞こえてきた。
 自分でもなんで戻ってきたのか説明もつかない航は、さっきまでと同じウイスキーを頼んだ。
 ふわりと歩き始めた藤崎晴香のことを知らないわけではなかった。
「ただ」
 知っている限りの、
「いや」
 ほとんど知らない、名前くらい、名字だけはかろうじて記憶にあった。
 真ん丸の氷が沈んだ、浮かぶというより、たしかに沈んだウイスキーグラスが航の視線に入ってきた。
「ひとりごと、ひとりごと」
 マスターは笑いながら軽くおかきの山もさし出してくれた。

 大通り沿いを夜風に当たりながら、と言えば聞こえは良いが、新聞配達が動き出す前あたりの時間を、少し危うげな足取りで航はマンションに戻った。
 ドアを開けると、玄関に桜子の靴が置いてあった。
「おかえり」
 リビングから頭にバスタオルを乗せ、航のパジャマを着た桜子が現れた。
「終電なくなったので、寄らせてもらったわ。ちょうど今シャワーから出たところよ」
 悪びれる様子もなく、いつも桜子はとつぜん転がり込む。
 そして自分が飲んでいたミネラルウォーターを航にさし出した。
「さんきゅ」
 航もいつものこととしてグラスを受け取り、二口ほど喉を通す。
 航は桜子に続いてリビングに入り、ソファーに腰を下ろした。

「何かあったでしょ。うれしそうな、でも、不思議な顔してる」
 のぞき込むように桜子が航の前にひざまづいた。
 濡れた髪、白いうなじ、胸の谷間、航は桜子を引き寄せ強く唇を重ねた。
「それも楽しいことだったのかしら」
 からめた舌で唇を軽く舐めた桜子は興味津々に聞いてくる。
「藤崎って覚えてるかな」
「どこの」
「高校時代の隣のクラスの藤崎、たぶん」
「さぁどうでしょうねぇ」
 桜子は「ふふふ」と笑って航のシャツのボタンに手をかけた。

続く
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by hello_ken1 | 2008-11-29 14:26 | Midnight Zoo