今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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Midnight Zoo #5

 瑛太はシングルモルトを頼んだ。
「マスター、ラフロイグ」
小さなショットグラスに、チェイサーがつく。
「まだシングルモルトなの」
 ふたつ隣でビールを飲んでいるお兄さんに「ここいいですか」と桜子はちょこんと頭を下げると、航の左側に座った。そして航を挟んで右側の椅子に浅く座った瑛太のグラスに目を移す。
「はやりなんてどうでもいいのさ」
 桜子のオーダーも待たずに、瑛太は航のジンに軽く自分のグラスを合わせる。
「今年もお疲れさま」
 きっと何気ないはずのその瑛太の言葉が、航の気持ちを軽くする。航は何か分らない緊張からすっと解放されていくのを感じた。
「まってよーっ」
 乾杯に入れてもらえなかった桜子は少しくちびるをとがらせ、カウンターに身を乗り出しマスターにあれこれカクテルの注文をいれはじめる。

「今年もお疲れさま、か」
 瑛太と桜子が来てから更に2杯目となるジンを口につけるころ、航は瑛太の言った言葉を噛みしめるように、ぽつりと小さく反すうした。
 桜子がそっと腕を組んでくる。
 瑛太が目で頷きながら、ケータイをポケットから取り出す。
「今夜は朝までいくんだろ」
 瑛太の目が笑っている。
「いつもだろ、このメンツじゃ」
「じゃ、ひなのも呼ぶぜ」
 瑛太が軽くケータイを振ってみせる。
「来るのにもう電車ないでしょ」
「タクらせるに決まってんじゃん」
「来るかなぁ。久しぶりに会いたいわ」
 桜子を交えたこのメンツも久しぶりだ。
 航は瑛太とたまに会っているが、頻繁と言うわけでもない。
 航と桜子はよく一緒に朝を向えるが、いつも航のマンションでの話。
 今夜、瑛太は桜子を連れてきた。航からの電話できっと航に元気が必要だと瑛太は感じたのだろう。そう感じるのに理由なんてない、それが航と瑛太の長年の付き合いの賜物なのだから。
 そんな瑛太にも彼女はいる、いやそんな瑛太だからか。益岡ひなの、とっても古くからの付き合いというわけでもなく、最近その辺りで声をかけた関係でもない。いつの頃からか、いつしか自然にひなのは瑛太のそばにいた。

「来いよ、こっちは3人だよ」
 ケータイでのひなのへの瑛太の口調はとても優しかった。メールにすると強引そうにも読まれてしまう言葉もこうやって声で伝えると、まっとく異なるものになる。瑛太はそのことをよく知っていた。「だって好きな子にいろいろ頼んだりするんだぜ」以前から瑛太は航にそう言っていた。
「来るってさ」
「だったら今のうちからあっちのテーブル陣取っちゃおうよ」
 カウンターの端にお情け程度にある、飲み物が四つとお皿がひとつくらいは置けるだけのテーブル、桜子はそれを指していた。
「今なら空いてるもんね。いいよね、マスター」
 マスターは静かに頷いてくれる。
 3人は顔を見合わせると席を移動し、もう一度乾杯の仕草をした。

(続く)
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by hello_ken1 | 2008-12-23 17:07 | Midnight Zoo

Midnight Zoo #4

 仕事仲間での夜の飲み会は苦手としていた。
 お酒が入れば入るほど、説教がくどくなる。上司からは「だからだめんだ」と頭ごなしに言われ、後輩からは「しっかりしてください。お願いしますよ」と言われる。それが昔の表現だと、壊れたレコードみたいに延々と続く。
 航はそれがサラリーマンだとは分っている。分っているはずでサラリーマンを続けている。でも避けられるものならば仕事仲間での飲み会は避けたいと思っている自分がいることは、否定しきれていない。

「瑛太、出てこれないか」
 馴染みのバーから高校時代の同級生に電話をしてみた。
ーどうしてこいつに電話をしているのだろう。
 
 曽谷瑛太は騒がしい音をバックに答えてくれた。
「いいけど、遅くなるぜ」
 複数の女性の声が響いてくる
ーえー、だれだれ。おとこのこぉ。
 年末のパーティか。
「いつもの店だよな」
 そういつもの店、ここだと何も気を使う必要がない。
「とにかく、終ったら行くから。あまり遅くなったら」
 そこで電話はとつぜん途切れた。
 まぁいいや。

 腐れ縁だし、瑛太に対しては何も気兼ねがない。
 どうしてほしいとか、どうしなきゃとか、何もない。
 互いに自分の都合に合わせて呼び出したり、呼び出されたり。
 何度か口論になったことも、殴り合ったこともある。
 そんなことをするなんて仕事仲間は誰も知らない。知ってもらう必要もないだろう。

「たまに見かける顔だよね」
 カウンターふたつ隣でビールを飲んでいるお兄さんが話しかけてくる。
 L字の角に座っている白髪のおじいさんは微笑みながらバーボンを傾けている。
 この店で若い女性客がひとりでいるのを見たことはない。
「そうかも知れませんね」
 マスターがライムを添えて出してくれたジンのロックで、お兄さんに乾杯の仕草をする。
 お兄さんもそれを合図に自分の世界に戻っていく。

 おしゃれな若者が集うどの駅からも、そこそこ歩くこのバーは地元の客が半分くらいを占めている。
 でもそんな駅同士を結ぶと、このバーはおしゃれスポットのブラックホールに位置するのかも、航は我ながらよく気づいたぞと、口元に微笑みを浮かべて、ジンをなめる。

ーいろんな時間が必要なんだよ。
 バーの奥にかかっているスクリーンで往年のミュージシャンが歌っている。
 何人かの客の出入り、何組かのカップルの入れ替えがあり、この歌を聴いているのはさっきのお兄さんとおじいさんと航の3人。
 そしてお兄さんは携帯片手に表に出て、おじいさんは遅れてきた往年の悪友とふたりで並んで飲みはじめる。
「いい時間だ」
 航は瑛太のこともしばし忘れて目をつむる。

 バタン。ドアの音。「いらっしゃい」マスターの声。
 航の右肩に瑛太の手がかかる。
「まだいたか。呼んで来たぜ」
 笑っている瑛太の後ろには桜子が立っていた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2008-12-14 16:04 | Midnight Zoo

Midnight Zoo #3

 何も身に付けないまま、航の体温を感じながら、朝日に起こされるのが好きだ。数時間前までの余韻を身体の芯に覚えつつ、桜子は20センチ先の航の横顔を見ていた。
 そっと航の臀部に触ってみる。
ーうん。航もわたしと同じ、さっきまでのまま、横にいる。
 妙な安心感を確認し、航の身体に自分の足をからめてみる。
ー朝日に包まれているふたり。
 少女趣味だな、と自分でも思いつつ航の胸に顔を乗せる。

 次に気がつくと珈琲の香りがしていた。
 身体を反転させ、顔を窓向きからリビング向きにすると、マグカップを手元にノートパソコンの画面に見入っている航がいた。マグカップからは白い湯気が上がっている。まだ部屋の空気は少し冷たいようだ。
「珈琲、飲むか、丁度炒れ立てだよ」
「うーん、まだお部屋温まってなさそう」
「そんなことないだろ」
 航はシーツから顔だけ出している桜子の横に腰かけ、桜子の唇にふれる。そしてシーツを少しさげ胸にキスをする。
ーあ
 声にならない声が桜子の中で響く。
ーいつもの朝だ。
 桜子は航とのこの儀式で夜が終ったことを知らされ、ベッドから起こされる羽目になる。

「あーあ、朝になっちゃった」
 航は笑っている。笑って、炒れたてだと言う珈琲を桜子のマグカップに注ぐ。
「今日は何時までここにいるの」
 ちょっとした航の言葉は心もとない。
ーそうじゃないでしょ。
 その都度、桜子は心の中の言葉を押し殺す。
「航次第」
「じゃあ、何時までここにいれるの」
ーそれも航次第。
「何か用事がおあり」
 ベッドから降り、航にお尻を向けて桜子は下着を付け始める。航は見ていない振りで珈琲をすすっているはず。

「じゃあ、外でブランチでもどう」
 と誘ってきた航に首を横に振り、今、桜子は新しい珈琲を炒れている。
 ブランチをしてもその後別々の行動をとるのだったら、あわててブランチのために身だしなみを整えなくてもいいなと思った。
ーブランチのあとも日が沈むまで一緒にいれて、日が沈んだら昼間とは違う目つきで見つめ合う、それだったらいいんだけれど。
「航が帰ってくる頃にはもういなくなってるよ。適当に時間つぶして帰る」
 航は「夜まで待っていなよ」とは言わない。今日に限ったことではない、いつもそうだ。そしてそれが航なんだから。

 出かけ際に航が言っていたとおり、冷蔵庫を開けると確かに美味しそうなロールケーキが入っていた。
ー珈琲もある。ケーキもある。
 ひとり航の部屋に残った桜子は、夜明け前の航を思い出しながらほくそ笑んだ。

(続く)
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by hello_ken1 | 2008-12-14 16:04 | Midnight Zoo