今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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<   2009年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧

きみのもしもし #113

ー疲れてるね。
ーそうでもないけど、まっ少しだけ。

 さっき会ってるときに、確かにぼくはあくびばかりをしていたね。
 失礼だとか、申し訳ないとか、気を悪くしてないかなとか、
 あくびをするたびにけっこう気にはなっていたんだ。
 心配かけてるね。ひとこと「大丈夫だよ」ってその場で言えばよかったね。

ー今夜はもう寝るんだよ。
ーやりたいことがちょっとだけあるんだ。

 チャットのようなメールが続く。

ー軽くお酒を口にしておやすみなさい。よく眠れるよ、きっと。
ーもう飲んでるさ。

 テレビの音も、音楽も鳴っていない、部屋の外の雑音もない深夜、

ーもしもし、

 グラスの氷がカランと溶ける。

ーあまり強いのも、のみすぎるのも、だめよ。

 ぼくは水滴のつき始めたグラスを、部屋の明かりにかかげてみる。

ーなに飲んでるの、ねぇ。

 グラスは青白い蛍光灯をオレンジ色に変える。

ー梅酒。たまにはね。

 メールの向こうに、半分安心したような、でも中途半端なきみの笑顔が見えた気がした。

ーもっしもっし、りょーかい、では、お・や・す・み。
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by hello_ken1 | 2009-05-31 13:32 | きみのもしもし

Midnight Zoo #18

 目が覚めると、赤いパジャマを着ていた。
 そんなことは知っている。自分が夕べこのパジャマを着てベッドに入ったんだから。
 ベッドから両足をおろし、腰かけるような姿勢で床に足を着いても、宙に浮かんでいるような感じがした。
 この感覚があるときはよくない、精神的によくない、まだ発作が糸を引いているときだ。

 晴香は寝起きで乱れた前髪をすくい上げようと、右手を額の高さに持ってきた。
 寝室に射し込む月明かりが晴香の右手を青く染める。薄青く染まった指の中に異質な色が目についた。
ーえっ。
 力の入らない脚でベッドから離れ、部屋の電気を点ける。
 円形の蛍光灯の明かりがさっきまでの青色をぬぐいさるかわりに、わずかな色だが晴香には十分すぎるインパクトで、見えづらかった色をその場にあからさまにした。まるで手品のタネを披露してくれているかのようだった。
ーだめ、脚に力がはいらない。
 その場に座り込んだ晴香の右手の人さし指と親指、そして中指にも少し、赤いルージュが付いていた。

 さっきまでは「目が覚めたら夢を見た記憶はあるけどどんな夢だったんだろう」、それによく似た感覚だったに違いない。
 でも、今はその夢が何だったのかが、ものすごい勢いで晴香の記憶に押し寄せてきていた。

ーなんなのよ。わたしはここで眠っていただけなのに。何があったの。
 晴香の目から涙が一滴、右手の甲に落ちた時、彼女はさっきまでも自分が泣いていたことに気づいた。
ー泣いてたの?わたし。どうして。
 そのとき晴香の耳の奥の奥の方から何か聞こえる気がした。その声に耳を澄まそうとすると部屋の片隅に蜃気楼のように、幼い頃の古い8ミリフィルムが投影されているかのように、鏡に向って問いかけている男性の後ろ姿が見えた。
ー夢の中でどっかに行っちゃってるわたしがまだ完全に戻ってきていないっていうの?
 晴香は試しに両手でこぶしを作り力を入れてみた。
ー力が入らないのはそのせいじゃないよね。ちがうよね。

「何を伝えたい」
 しかし、男性の声がここにいる自分の耳に確かに響いてきた。
「何をしてもらいたい」
「た、す、け、」
 無意識に晴香の口が動いた。
 晴香は自分の口がそう動いたことに掌が冷たくなるのを感じた。
ーだめっ。ここにいるわたしがわたしでなくなるっ。
「何をすればきみは助かるんだ」
 また男性の声が聞こえた。
ー終ってっ。もう戻ってきてよ。わたしはもう目が覚めているのっ。
 晴香は電気をつけたはずの部屋が少しずつ少しずつ暗くなってきている気がした。
「助けたいんだ」
ーもうほっといてよ、、、お願いだから。

(続く)
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by hello_ken1 | 2009-05-24 01:46 | Midnight Zoo

きみのもしもし #112

 肌寒い一日。
 布団から出ているきみの肩に触る。
 ひんやりと冷たい。
 寒くないのかな。
 風邪引かないかな。
 ぼくは左手できみ側の布団を少し引き上げる。
 これできみの肩もみえなくなった。
ーもしもし、
 あれ、起こしちゃった?
ー布団じゃなくって、
 きみがもぞもぞと寄ってくる。
ーこわれるくらいに抱きしめて。
 あごを突き出して瞳をとじたまま、キスをせがむきみがいる。
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by hello_ken1 | 2009-05-17 11:48 | きみのもしもし

Midnight Zoo #17

 航がバスルームの更衣室のドアを開けると、口に手を当てた桜子が壁を背に座り込んでいた。口に当てた手は小刻みに震えている。眼は一点、航に振り返ることもなく、洗面台の鏡に向けられている。
「これは」
 鏡に書かれた文字、力強く書きなぐられている。その文字に重なるように鏡に映っている航自身、そして鏡の左下には座り込んでいる桜子が映っている。

ーたすけて
 鏡の中央にルージュで書かれた文字が浮かんでいた。

ーたすけて
 最後の文字は途中でつぶれていた。
 洗面台のシンクには折れた真っ赤なルージュが落ちている。

ーたすけて
 折れたルージュの先端はつぶれていた。

「だれっ」
 航は座り込んでいる桜子に振り返った。
「え」
「違う、桜子に言ったんじゃない」
 シンクのルージュの先端を拾おうとしたとき、鏡越しに赤い人影が航の目に入った。
 その赤い影は桜子の脇に立っていた。
 航が振返ると、その影はもうそこにはいなかった。

「今夜使ったルージュ」
 航が右手につまんでいるルージュの先端を、視点の定まらないままに見ている桜子が何か話し始めた。
「綺麗な色ねって」
 航も桜子の前に腰を下ろした。桜子は航の右手を見ている。
「わたしもその色つけたら綺麗になれるかなって」
 桜子の頬を涙が伝った。
「みんながふりむいてくれるかなって」
 涙の意味はまだわからなかった。
「でも、折れちゃったんだ」
 航はその折れたルージュをそっ桜子の左手に手渡すと、少しだけ微笑みを浮かべた。
ー落ち着かせなくっちゃ。感情が壊れないようにそっと。
「折れちゃってるね」
「うん。使えない」
「そうだね。また買おうか」
「使いたかった」
「気に入ってたんだね」
「わたしじゃないよ」
 航は「そうだね」と頷いた。

 眠るように意識のなくなった桜子を、航はベッドルームまで静かに運んだ。
 そして桜子の規則正しい寝息を確認すると、また鏡の前に戻った。

ー何を伝えたい。何をしてもらいたい。
 航はなかなか落ちないルージュの文字を消しながら、鏡の向こうの赤い影に問い続けた。
 振り返るとそこにはいない、でも鏡の中に映っている赤い影も肩で泣いているようだった。

(続く)
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by hello_ken1 | 2009-05-10 10:34 | Midnight Zoo

きみのもしもし #111

「あなたはね」
 きみが笑っている。
「わたしの口ぐせ聞きながら、口元を緩めるでしょ」
 そうだっけ。
「そうなのっ」

 きみがいたずらっぽい眼差しでぼくを見ている。
「珈琲いかが」
「さんきゅ」
ーふふふ。
 きみの口元が緩んでいる。
「もしもし、わかってないな」
「なにが」
「わたしのもしもしと同じくらいあなたはそう口にするのよ」
 ぼくがきょとんとしていると、きみは声を出さずにつぶやいた。
ーさ・ん・きゅ。
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by hello_ken1 | 2009-05-06 11:52 | きみのもしもし

Midnight Zoo #16

 どのくらい飲んだのだろう。
 いったい何の話題で盛り上がったのだろう。
 お店から閉店時間を告げられ、当然終電なんてあるわけもなく、そんな記憶もいい加減で、気づいたら自分の部屋のソファーで横になっていた。
 服はそのまま、ただタオルケットが肩から掛けられている。
 リビングテーブルの上のライトが点灯し、青白く見える。まだ酔っているのか。
 その明かりの下には航がいて、何かをひとりで飲んでいる。
「わたし、どうしたのかな」
「どうしたんだろうね」
 航は優しい眼差しを桜子に向けた。

「冷えた水でも飲むかい」
「そうね、いただけるかしら」
 起き上がろうとする桜子を手の動きで制し、ミネラルウォーターをグラスに注いだ航は桜子の横に静かに腰を下ろした。
「航はいつからここにいるの」
「きみが帰宅する少し前かな」
「迷惑かけちゃったかな」
「いや。勝手に上がり込んでるのはぼくの方だよ」
「いつもじゃん」
 航は苦笑する桜子を、優しく包み込むように唇を重ねた。
「やだ。お酒臭いでしょ、わたし」
「お互い様」
 そして今度は桜子から唇を重ねた。

 航の口移しで桜子の口に入ったミネラルウォーターはそれでもよく冷えていた。
 航の体温でぬるくなることもなく、ひんやりと桜子を潤した。
「買ってきたの?」
「桜子に面倒かけないように、自分のためにね」
「わたしの役に立っちゃったね」
「そんなこともあるさ」

 リビングの時計は4時を少しだけすぎていた。
「寝るんだったらベッドの方がいいと思うよ」
 航は少し笑っている。
「少しすっきりしたいんなら、ちょっとだけ熱めのシャワーかな」
 桜子は少し考えて、頷いた。
「航に話したいことがあるの。シャワーを浴びて頭の中を整理して、話すわ。待ってられる?」
「一眠りしてからじゃだめなんだね」
「わたしの方がうまく話せなくなるような気がするの。太陽が昇ると現実との境がわからなくなるような」
「ん。桜子の分の珈琲も入れて、起きてるよ。それでいい?」
「ありがと」
 桜子は航の首筋にキスをすると、バスルームへと向った。

 そして数十秒後、桜子の声が部屋中に響くことになる。

(続く)
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by hello_ken1 | 2009-05-06 11:51 | Midnight Zoo