今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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Midnight Zoo #27

 航が思った通り、キッチンでは輪郭すら完全にわからない姿が、窓ガラスには鮮明に見て取れた。日中見るように明るくすべてが見えるわけではなかったが、窓ガラスに映った姿はきちんと存在感を放っていた。
 そしてその女性も窓ガラスからしっかりと航を見据えていた。
「きみがそこからぼくを見ていられるのも夜のうちなんだろ」
ーそうね。
「じゃあ今回は多少は時間がありそうだな」
 その女性は苦笑いをしたのか、どうしようもない悲しさを一瞬表したのか、航は判断できなかった。
「ところできみは今、キッチンにいるの?窓ガラスにいるの?」
 変な表現だなと航は自分でも思ったが、今度は女性に笑みが浮かんだ気がした。
「うーん、キッチンに現れてるんだけど、それを写している窓ガラスの方がぼくに伝わりやすいってことかな」
ーどうなんだろ、わたしにもわからないわ。あなたが話やすいほうに向って話せばいいんじゃないの。
 キッチンに感じる人影は相変わらずとらえどころがなさそうなので、航は窓ガラスに向って話をすることにし、少し冷めた珈琲にまた口を付けた。

 ほんの少しの沈黙の間に航は多少肌寒さを感じたので、ソファの背に掛けてあったトレーナーを肩にかけた。そして航はやはりここから話を始めた。
「きみは藤崎晴香なのかい」
ーいきなりね。
「避けて通れないだろ」
 足元だけ、正しくはくるぶしまで少し冷気が増したような気がした。
ーまだ晴香じゃないわ。
 まだ?
ーそう、まだね。
「、、、ぼくが口に出さないことも読み取れちゃうのかな」
 くくくと輪郭が笑った気がした。
ー全部がぜんぶ読み取れるわけじゃないから、怖がらなくてもいいのよ。きっと波長が交差したときとかじゃない。
「余計わかんないよ」
ー例えば気が動転したときとか。そう言えば分かり易い?
 なるほどね。
「確かに「まだ」ってのに心が反応したね」
 今度は足元の冷気が揺れたのを航は感じた。
ー夜しか出歩けないって、つまんないのよね。
「でも、いろんなところに出没して、いろんなもの見れてるから楽しいんじゃないの」
 航の脳裏に、ひなのの話、桜子の話が思い出された。そして楽しいとは決して言えないだろうが、先日の未明に桜子の洗面台の鏡に現れていたこの女性のことも。
ーでもね、藤崎晴香はひとりなのよ。
「その晴香を夜のきみが独り占めしたくなったってこと?」
 窓ガラスの映っている女性の眼がキラリと光ったのを、航は見逃さなかった。
ーうぅん。
 そして女性の輪郭は首を横に振った。
ー独り占めとか、そんなんじゃないわ。

(続く)
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by hello_ken1 | 2009-09-27 00:06 | Midnight Zoo

きみのもしもし #122

ー夜更かしばかりして、もしもし、わかってる?
ー大丈夫、明日は遅刻しないから。
ーそろそろ、寝てね。
ー大丈夫、もう少ししたら寝るからさ。
ーその大丈夫で、昨日は遅刻でしょ。
ー明日は大丈夫。
ーもーっ、もしもし、わかってる?
ーほんと大丈夫だから。
ーだったらもう寝ましょ。
ーうん、あとちょっと本を読んだらすぐ寝るよ。
ーそれって、すぐって言わない。
ーだいじょーぶ。
ーもしもしっ、知らないからね。
 そしてきみからのメールは途切れた。
 明日の買い物お付き合い、絶対遅刻はできないな。
 あと10数ページ、読んだら寝るからさ。
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by hello_ken1 | 2009-09-23 03:38 | きみのもしもし

きみのもしもし #121

ー今すぐいらっしゃいよ。
 きみのメール、ひとことこれだけ。
 行くのはいいんだが、何だろう。
ーさんま買ってきたの。
 どこで焼くんだろう。部屋中匂うだろうし。

 きみのマンションに向っていると、どこからともなく声がした。
「もしもーし」
 きみの部屋に視線を向けるが、開け放たれた窓からレースのカーテンが揺れているのがわかるだけ。
「もしもーし、こっちこっち」
 もっと上を見上げると、マンションの最上階の上に手を振るきみが見えた。
ーわたしも昨日知ったのよ。屋上に出れるの。
 屋上でさんまを焼くんだな。
 ぼくはビールを買おうと手前のコンビニに入った。
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by hello_ken1 | 2009-09-22 11:40 | きみのもしもし

Midnight Zoo #26

 航は何が起こっているのか、整理しようと珈琲に口をつけた。
 航の部屋からは窓ガラス越しに視界を邪魔するものはない。バス通りを挟んで直線距離にして歩けば10分ほどのところに丘がある。丘の斜面には戸建ての家が点在している。もうこの時間だと点在している家の灯もほとんどなく、丘を照らしていた月明かりも雲に隠れつつあった。

ーひなのは元気かな。
 唐突にひなののことが脳裏をかすめた。
 すると最近会っていない瑛太のことも気になり始めた。
ーふたりはちゃんと続いているよな。
 そう思いながら、自分と桜子の関係を思い出してみる。
 相談事もするし、何かあれば連絡もくる。
 涙を見た事もあれば、見られたこともある。
 けんかをしたことがないと言えば、うそになる。
 セックスもする、キスもする。触りあうことももちろん。
 お金の貸し借りだけはない。
 好きだと、愛していると、口にしたこともない。
 そして、まったくコンタクトを取らなくなったことも何回かある。
 料理は作ってもらったことしかない。
ー付き合ってるんだろうな。
 公園で話をはじめた桜子の顔を夜の窓ガラス越しに思い出してみる。

「いとおしい」
 ライトダウンされたキッチンに人気を感じた。
 航はリビングのソファに座ったまま、視線をキッチンに向ける。
「それは愛おしいっていうんだよ」
 キッチンに輪郭が浮かび上がった。でも顔は判別できない。
「いいなぁ、そう思ってくれるひとがいるって」
 肩より少しだけ長い髪が、なんとなく見て取れる。
「わたしのこともそう思ってくれないかなぁ」
「ぼくがそう思えば、きみは救われるのかな」
「うぅん」
 輪郭が首を横に振ったように見えた。
「同情じゃだめ。それにわたしのことだけを愛おしく思ってくれないともっとだめ」
「きみのことをぼくは知らない」
「わたしはあなたのことを知っている」
 航はソファから身を乗り出した。
「どうして知っているの。きみが藤崎晴香だから?」
 輪郭は少しだけ沈黙の時間をとり、航はまだ近寄ってはだめだと直感しソファに座り直した。
「今はまだ完全に晴香じゃないけど」
 ゆっくりと話す輪郭の口調に航は冷気を感じた。
ーもしかしたら。
 そして、闇夜を写している窓ガラスに視線の先を変えた。

(続く)
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by hello_ken1 | 2009-09-22 11:13 | Midnight Zoo

きみのもしもし #120

 お風呂上がりは、ジンと決めている。
 キンキンに冷やして、冷凍庫でとろりとしたジンを「くいっ」といく、これが風呂上がりの理想系。
「もしもし、これじゃまなんですけど」
 料理を作りに来ていれたきみが以前そう言った。
 そのときからジンは冷凍庫から冷蔵庫に移され、「くいっ」とはできなくなった。
 それからは冷蔵庫に移されたジンをグラスに注ぎ、氷をいれて「ぐいぐい」と飲む。それほど悪くもない。
「もしもし、これ外にださない?」
 今夜余った食材を保存するのに、またこのボトルが邪魔なんだね。でもね、
「そこまでは譲れないな」
 風呂上がりのぼくは、ジンをグラスに注ぐ。
「ひとくちどう?」
 きみは首を横に振り、
「もしもーし、みなさん、一歩さがってくださーい」
 今一度、冷蔵庫の住民に声をかけ、きみは整理にとりかかった。
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by hello_ken1 | 2009-09-22 11:12 | きみのもしもし

Midnight Zoo #25

 桜子と航は大きな公園へと向う散歩道を歩いていた。
 航は桜子よりもほんの少しだけ歩くのが早い。本当はもっと早いはずなのだが、今日の航はいつも以上に気を使って歩いているように、桜子は感じていた。
 それでも桜子がふと考え事でもしようものなら、気づいたときには航から二、三歩遅れてしまう。でももちろん先に気づくのは航の方で、振返りながらにこにこしている。
「やっぱり歩くの早いよなぁ」
 桜子は航のその言葉に首を横に振る。航の笑顔に誘われるように、桜子も微笑みながら。3回目に航が振返ったとき、航はまたにこにこしたまま、でも何も言わずに桜子に右手を差し出してきた。
ー手をつなげばいいんだよ。
ーなんかはずかしいな。
 今年の夏は涼しいとはいえ、まだまだそれなりに暑く、これから陽が傾きかけるこの時間では航の右手も少し汗ばんでいた。
「航、汗かいてるね」
「生きてる証拠さ」
ーそう、生きてる証拠。わたしと航はこうして会話もできて、手もつなげる。

 公園の入口に立つと、涼しげな風を感じた。少し汗ばんだから、ちょっとした風でも涼しく感じたのかもしれない。でも、その風はふたりに会話を始めるきっかけを与えてくれた。
「いい風だね」
「うん、気持ちいい」
 歩いている間中、航の笑顔は絶えなかった。大げさな笑顔ではなく、さりげない笑顔、ほっと安らぎを与えてくれるような、どこか優しい笑顔。それ以上は何もなく、昨夜の桜子の部屋でのできごとについて、ましてや桜子がそれまで誰とどこで飲んで何を話していたのか、問いただすような言葉も仕草もなかった。強いていうならば、航が歩く速度をいつも以上に気をつけていることだった。
 桜子も昨夜のことを話すきっかけを探しながら歩いていたということはなかった。「話そう」と思いながらも、航から差し出された右手に自分の左を絡め、そのあと何となく腕を組んでしまった。すると「話そう」という気持ちを航から伝わってくる安堵感が包み込み、もういつまでもこのままでいい、桜子の心はその気持ちでいっぱいになっていた。

 入口から見える公園はベンチがどこも空いていた。ひとっこひとりいない公園、ベンチにも木陰にも、ブランコにもジャングルジムにも、砂場にも、それは閑散としているというよりは、一種異様な光景だった。
 少しでもそう思うと、それも桜子だけではなく、航も同時にそう思うと、せっかく気持ちよく感じた頬をなでる風もまったく違う種類の風に感じてしまう。少し汗ばんだふたりが感じたその風も、ふたりの体温を盗み取るようにまとわりついてくる、生きるものにとってその生命力をいつのまにか低下させてしまうような、そんな風に感じてしまう。
「あのね」
 桜子は誰もいない公園に向って、話し始めた。航もそれがあたりまえのように桜子の顔を覗いた。
「ゆうべ、晴香さんに会ったの」

(続く)
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by hello_ken1 | 2009-09-22 11:12 | Midnight Zoo

きみのもしもし #119

 ドタキャンしちゃったね。
 かなり楽しみにしていたのに、きみもぼくも。
ーだめ?
ーうん、だめ。
ーなんか、気が抜けちゃった。
ー誰かいないの?
ーもしもし、どしてそんなこと言えるの?
 そして、
 きみは何回も「もしもし」とぼくに迫ってくる。
 きみは何回も楽しみにしてたのにとぼくに言う。
 きみは何回も、、、
「ありがとう。ちゃんと穴埋めするからさ」
 ぼくはメールをやめて、きみに電話でそう伝えた。
 精一杯の気持ちをこめて。
「もしもし」
 きみの声が近くに聞こえる。
「きっとだよ」
 今夜は会えなくなったくせに、なんとかならないものか、今更ながらにぼくの頭は堂々巡りを始めた。
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by hello_ken1 | 2009-09-22 11:11 | きみのもしもし

Midnight Zoo#24

 物音に目が覚めて、晴香は眠い目をこすりながらぼんやりと周りを見渡した。
「ママ、どこ」
 寂しいわけでもなく、怖いわけでもなく、意識が夢心地から覚めないまま、ドアの先に薄明かりを見つけた。
「ママ」
 無意識に薄明かりに向って近づいていくと、聞いたことのないうめき声が薄明かりの中から聞こえてきた。
ーこの先にママがいる。
 しかし、晴香はその薄明かりの中に入ることができなかった。
 母親の顔が薄明かりの中に見えた。
 口を半分開けているような、もうろうととろけているような、見た事もない意識がなくなっている、もしかすると母親ではない人影がそこに見えた。
「ママ」
 晴香のこぼれるような一言で、その人影と晴香は目を合わせた。
ーママ。
 人影は顔を左右に振り、また濃度の濃いうめき声を漏らした。
 そのときその人影の片足を持ち上げている、そんなシルエットのもう一つの影が振返り、晴香に微笑みかけた。
「ママーっ」

ー大声を、いや大声というよりは絶叫した記憶がある。
 微笑みかけたもうひとつの影があまりに恐ろしく、ほんとうにあれは影で、それも邪悪な影で、母親を見た事もない人影に変えた後は自分にも近寄ってくる、近寄って自分も影にされてしまう、そう瞬間的に思ったのだろう。
 その場所での記憶はここまでだった。
「これで終わりにするわ」
「はじめにおっしゃられたとおりの3杯目ですね」
 晴香はオンザロックのマティーニグラスを目の高さにかざし、ロックアイスを軽くまわすと、バーテンダーに微笑みかけた。
ーこの微笑みに何の意味があるのだろう。
 あのときも晴香は微笑んでいた。

 気づいたら、目の前にパパの寝顔があった。
 ここしばらく、どのくらいのしばらくだろう、かなりのしばらく。
 晴香はひさしぶりに父親の顔を見れて、微笑んでいた。
 でも、その父親の隣には見知らぬ髪の長い女性が寝息を立てている。
 晴香は父親の顔を見れたうれしさと、見知らぬ女性との組み合わせに違和感を感じた。
ーパパ。
 だめ、話しかけちゃいけない。
 とっさに晴香の脳裏に「だめ」という言葉が何百何千と飛び回った。
 父親が寝返りをうって女性の方に顔を向けると、女性は寝ぼけたまま父親の首筋にキスをした。

「はるかちゃん、起きなさい、朝よ」
 母親の声で目が覚めた。
 母親はすがすがしい笑顔で自分のベッドに横になっている晴香を覗き込んでいた。
 いきなりきょろきょろしだす晴香に母親はまた話しかけた。
「疲れたのねぇ。夜の動物さんたち、怖かったものねぇ」
 そうではないと言いかけて、晴香はまた部屋中をきょろきょろした。
「影がいたの。こわい影がいたの」
 母親の顔が曇った。触れてはいけないことを口にしたと晴香はとっさに思った。
「でもね、パパにも会ったの、パパは気づかなかったけど」
 横に見知らぬ女性が寝ていたことは言わなかった。
「変ねぇ、きりんさん見た後は、はるかちゃんはずっとママの背中に張りついていたんだけどな」
 晴香は深堀しちゃいけないと、曖昧な笑顔で母親の胸に飛び込んだ。

ーほんと、ある夜はじめてもうひとりの自分が自分を離れたんだろうな。それがよりにもよって、父親の浮気、それに気づいた母親の浮気、その両方に出くわしちゃったんだもんなぁ。
 今度は自分に苦笑いを向けながら、晴香は3杯目のマティーニを飲み干した。

(続く)
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by hello_ken1 | 2009-09-22 11:10 | Midnight Zoo