今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
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Midnight Zoo #19

 壁に映っている男性は、根気よくゆっくりと晴香に話しかけてきた。
 いらいらしているような感情は晴香には感じられず、一言一言に本当にどうにかしてあげたいと言う気持ちがこもっているのが、伝わってきた。
 晴香は、その男性が見ている自分とここにいる自分の区別がつかなくなったとき、こちら側にいる自分の存在意味が消えうせると信じていた。

 寝ている間に、どこかに行ってしまう自分、誰もそれを知らないうちはもうひとりの自分は世の中には存在していないことになる、だって誰も知らないんだから。でも、その自分が誰かと接触をはじめたら、意思の疎通を始めたら、そうなるとここにいる自分の存在価値との天秤になるんだと、晴香は考えるようになっいた。
 だから、もうひとりの自分を誰かに気づかれてはいけない、誰かに見つかってはいけない、ましてや会話をするなんて。
 でも、それはここにいる自分の言い分、自分が寝入るといろんなとこに徘徊をしはじめるもうひとりの自分にとっては、いろんな場所を見、いろんな人を見、それを繰り返しているうちに、自分の存在を、ここにいるよと言う存在を示したくなるんだろうな、もうひとりの自分のそんな言い分が自分の胸のうちに生まれ始めていたのをいつしか晴香は否定はできないでいた。
 そしてまだもうひとりの自分が、今の自分に問いかけもしていないのに、
ーあなたの存在意味って何か言える?
ーわたしなら存在をアピールできるわ。
ーあなたは今までかかわった誰の記憶にも残っていないのよ。
ー卒業アルバムに写真を掲載しわすれたのも誰も気づかないほどにね。
 今の自分だけで自問自答を繰り返している自分に気づく夜もあった。

 男性はときおり下を向いていた。でも、またすぐさま声をかけてくる。
「正直に言おう」
 それでも少し躊躇しているのが、なんとなく伝わってくる。
 そのとき、向こうにいる自分がその言葉に少し反応したのがわかった。
「一番助けたいのは、、、申し訳ないけど、きみじゃない」
 晴香はその言葉に身体が硬直するのを感じた。同時に、うらやましいとも。
 この男性は助けたい誰かがいる。その誰かはこの男性にとってかけかけえのない存在なんだろう。ふたりともに存在する意味をもっている。
「きみが接触をした女性は今、意識を失って横になっているんだ」
 男性は少しだけ身体の角度をこちらに向けた。
「その女性ときみとの間に何があったんだろう。教えてくれないか」

 晴香は窓の外が白み始めたのに気がついた。
ーあっ。
 男性がこちらを振り向こうとしたところまでは見ることができた。
 でも、もうこの瞬間には、もうひとりの自分は男性のそばにはいなく、まさに晴香の中に戻ってきた感覚があった。そして壁に映っていた男性側の映像も消えた。
ーはぁ。まだ主導権はわたしにあるんだ。
 安堵のため息をつく晴香の目に朝の陽射しが優しく映った。

(続く)
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# by hello_ken1 | 2009-06-07 19:09 | Midnight Zoo

きみのもしもし #113

ー疲れてるね。
ーそうでもないけど、まっ少しだけ。

 さっき会ってるときに、確かにぼくはあくびばかりをしていたね。
 失礼だとか、申し訳ないとか、気を悪くしてないかなとか、
 あくびをするたびにけっこう気にはなっていたんだ。
 心配かけてるね。ひとこと「大丈夫だよ」ってその場で言えばよかったね。

ー今夜はもう寝るんだよ。
ーやりたいことがちょっとだけあるんだ。

 チャットのようなメールが続く。

ー軽くお酒を口にしておやすみなさい。よく眠れるよ、きっと。
ーもう飲んでるさ。

 テレビの音も、音楽も鳴っていない、部屋の外の雑音もない深夜、

ーもしもし、

 グラスの氷がカランと溶ける。

ーあまり強いのも、のみすぎるのも、だめよ。

 ぼくは水滴のつき始めたグラスを、部屋の明かりにかかげてみる。

ーなに飲んでるの、ねぇ。

 グラスは青白い蛍光灯をオレンジ色に変える。

ー梅酒。たまにはね。

 メールの向こうに、半分安心したような、でも中途半端なきみの笑顔が見えた気がした。

ーもっしもっし、りょーかい、では、お・や・す・み。
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# by hello_ken1 | 2009-05-31 13:32 | きみのもしもし

Midnight Zoo #18

 目が覚めると、赤いパジャマを着ていた。
 そんなことは知っている。自分が夕べこのパジャマを着てベッドに入ったんだから。
 ベッドから両足をおろし、腰かけるような姿勢で床に足を着いても、宙に浮かんでいるような感じがした。
 この感覚があるときはよくない、精神的によくない、まだ発作が糸を引いているときだ。

 晴香は寝起きで乱れた前髪をすくい上げようと、右手を額の高さに持ってきた。
 寝室に射し込む月明かりが晴香の右手を青く染める。薄青く染まった指の中に異質な色が目についた。
ーえっ。
 力の入らない脚でベッドから離れ、部屋の電気を点ける。
 円形の蛍光灯の明かりがさっきまでの青色をぬぐいさるかわりに、わずかな色だが晴香には十分すぎるインパクトで、見えづらかった色をその場にあからさまにした。まるで手品のタネを披露してくれているかのようだった。
ーだめ、脚に力がはいらない。
 その場に座り込んだ晴香の右手の人さし指と親指、そして中指にも少し、赤いルージュが付いていた。

 さっきまでは「目が覚めたら夢を見た記憶はあるけどどんな夢だったんだろう」、それによく似た感覚だったに違いない。
 でも、今はその夢が何だったのかが、ものすごい勢いで晴香の記憶に押し寄せてきていた。

ーなんなのよ。わたしはここで眠っていただけなのに。何があったの。
 晴香の目から涙が一滴、右手の甲に落ちた時、彼女はさっきまでも自分が泣いていたことに気づいた。
ー泣いてたの?わたし。どうして。
 そのとき晴香の耳の奥の奥の方から何か聞こえる気がした。その声に耳を澄まそうとすると部屋の片隅に蜃気楼のように、幼い頃の古い8ミリフィルムが投影されているかのように、鏡に向って問いかけている男性の後ろ姿が見えた。
ー夢の中でどっかに行っちゃってるわたしがまだ完全に戻ってきていないっていうの?
 晴香は試しに両手でこぶしを作り力を入れてみた。
ー力が入らないのはそのせいじゃないよね。ちがうよね。

「何を伝えたい」
 しかし、男性の声がここにいる自分の耳に確かに響いてきた。
「何をしてもらいたい」
「た、す、け、」
 無意識に晴香の口が動いた。
 晴香は自分の口がそう動いたことに掌が冷たくなるのを感じた。
ーだめっ。ここにいるわたしがわたしでなくなるっ。
「何をすればきみは助かるんだ」
 また男性の声が聞こえた。
ー終ってっ。もう戻ってきてよ。わたしはもう目が覚めているのっ。
 晴香は電気をつけたはずの部屋が少しずつ少しずつ暗くなってきている気がした。
「助けたいんだ」
ーもうほっといてよ、、、お願いだから。

(続く)
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# by hello_ken1 | 2009-05-24 01:46 | Midnight Zoo

きみのもしもし #112

 肌寒い一日。
 布団から出ているきみの肩に触る。
 ひんやりと冷たい。
 寒くないのかな。
 風邪引かないかな。
 ぼくは左手できみ側の布団を少し引き上げる。
 これできみの肩もみえなくなった。
ーもしもし、
 あれ、起こしちゃった?
ー布団じゃなくって、
 きみがもぞもぞと寄ってくる。
ーこわれるくらいに抱きしめて。
 あごを突き出して瞳をとじたまま、キスをせがむきみがいる。
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# by hello_ken1 | 2009-05-17 11:48 | きみのもしもし

Midnight Zoo #17

 航がバスルームの更衣室のドアを開けると、口に手を当てた桜子が壁を背に座り込んでいた。口に当てた手は小刻みに震えている。眼は一点、航に振り返ることもなく、洗面台の鏡に向けられている。
「これは」
 鏡に書かれた文字、力強く書きなぐられている。その文字に重なるように鏡に映っている航自身、そして鏡の左下には座り込んでいる桜子が映っている。

ーたすけて
 鏡の中央にルージュで書かれた文字が浮かんでいた。

ーたすけて
 最後の文字は途中でつぶれていた。
 洗面台のシンクには折れた真っ赤なルージュが落ちている。

ーたすけて
 折れたルージュの先端はつぶれていた。

「だれっ」
 航は座り込んでいる桜子に振り返った。
「え」
「違う、桜子に言ったんじゃない」
 シンクのルージュの先端を拾おうとしたとき、鏡越しに赤い人影が航の目に入った。
 その赤い影は桜子の脇に立っていた。
 航が振返ると、その影はもうそこにはいなかった。

「今夜使ったルージュ」
 航が右手につまんでいるルージュの先端を、視点の定まらないままに見ている桜子が何か話し始めた。
「綺麗な色ねって」
 航も桜子の前に腰を下ろした。桜子は航の右手を見ている。
「わたしもその色つけたら綺麗になれるかなって」
 桜子の頬を涙が伝った。
「みんながふりむいてくれるかなって」
 涙の意味はまだわからなかった。
「でも、折れちゃったんだ」
 航はその折れたルージュをそっ桜子の左手に手渡すと、少しだけ微笑みを浮かべた。
ー落ち着かせなくっちゃ。感情が壊れないようにそっと。
「折れちゃってるね」
「うん。使えない」
「そうだね。また買おうか」
「使いたかった」
「気に入ってたんだね」
「わたしじゃないよ」
 航は「そうだね」と頷いた。

 眠るように意識のなくなった桜子を、航はベッドルームまで静かに運んだ。
 そして桜子の規則正しい寝息を確認すると、また鏡の前に戻った。

ー何を伝えたい。何をしてもらいたい。
 航はなかなか落ちないルージュの文字を消しながら、鏡の向こうの赤い影に問い続けた。
 振り返るとそこにはいない、でも鏡の中に映っている赤い影も肩で泣いているようだった。

(続く)
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# by hello_ken1 | 2009-05-10 10:34 | Midnight Zoo

きみのもしもし #111

「あなたはね」
 きみが笑っている。
「わたしの口ぐせ聞きながら、口元を緩めるでしょ」
 そうだっけ。
「そうなのっ」

 きみがいたずらっぽい眼差しでぼくを見ている。
「珈琲いかが」
「さんきゅ」
ーふふふ。
 きみの口元が緩んでいる。
「もしもし、わかってないな」
「なにが」
「わたしのもしもしと同じくらいあなたはそう口にするのよ」
 ぼくがきょとんとしていると、きみは声を出さずにつぶやいた。
ーさ・ん・きゅ。
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# by hello_ken1 | 2009-05-06 11:52 | きみのもしもし

Midnight Zoo #16

 どのくらい飲んだのだろう。
 いったい何の話題で盛り上がったのだろう。
 お店から閉店時間を告げられ、当然終電なんてあるわけもなく、そんな記憶もいい加減で、気づいたら自分の部屋のソファーで横になっていた。
 服はそのまま、ただタオルケットが肩から掛けられている。
 リビングテーブルの上のライトが点灯し、青白く見える。まだ酔っているのか。
 その明かりの下には航がいて、何かをひとりで飲んでいる。
「わたし、どうしたのかな」
「どうしたんだろうね」
 航は優しい眼差しを桜子に向けた。

「冷えた水でも飲むかい」
「そうね、いただけるかしら」
 起き上がろうとする桜子を手の動きで制し、ミネラルウォーターをグラスに注いだ航は桜子の横に静かに腰を下ろした。
「航はいつからここにいるの」
「きみが帰宅する少し前かな」
「迷惑かけちゃったかな」
「いや。勝手に上がり込んでるのはぼくの方だよ」
「いつもじゃん」
 航は苦笑する桜子を、優しく包み込むように唇を重ねた。
「やだ。お酒臭いでしょ、わたし」
「お互い様」
 そして今度は桜子から唇を重ねた。

 航の口移しで桜子の口に入ったミネラルウォーターはそれでもよく冷えていた。
 航の体温でぬるくなることもなく、ひんやりと桜子を潤した。
「買ってきたの?」
「桜子に面倒かけないように、自分のためにね」
「わたしの役に立っちゃったね」
「そんなこともあるさ」

 リビングの時計は4時を少しだけすぎていた。
「寝るんだったらベッドの方がいいと思うよ」
 航は少し笑っている。
「少しすっきりしたいんなら、ちょっとだけ熱めのシャワーかな」
 桜子は少し考えて、頷いた。
「航に話したいことがあるの。シャワーを浴びて頭の中を整理して、話すわ。待ってられる?」
「一眠りしてからじゃだめなんだね」
「わたしの方がうまく話せなくなるような気がするの。太陽が昇ると現実との境がわからなくなるような」
「ん。桜子の分の珈琲も入れて、起きてるよ。それでいい?」
「ありがと」
 桜子は航の首筋にキスをすると、バスルームへと向った。

 そして数十秒後、桜子の声が部屋中に響くことになる。

(続く)
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# by hello_ken1 | 2009-05-06 11:51 | Midnight Zoo

Midnight Zoo #15

 晴香は、桜子の横にいる女性の顔が照明のもとに来ると、その女性が自分にとって誰であるか、ひとめでわかった。
 最近、深夜に気づくとその女性の部屋にいる。その女性がここにいる。
ー気づいていたら、どうしよう。
 何らかに気づいたから、声をかけてきた。
 何かを確かめたくて、声をかけてきた。
ーそう考えるのが、、、
ーと、言うことはまだ確証は持っていないはず。
ーもう相手にしないほうがよいかも。丁度よい頃合いだし。
ーでも、今のうちに、名乗るだけでも名乗ったほうがいいに違いない。
ー相手が名乗ってきた。だから名乗り返す。
ー普通の会話の流れ、世の中のマナー、うん、流れに身を任せてみよう。
 晴香はぐるぐると思考が交差する中で、一番素直な考えに従うことにした。

「美並さんっておっしゃるの?」
 晴香は少し掌の温度が下がる感じがした。
「わたし、藤崎晴香と言います。はじめまして」

 今度は桜子の息が止まった。
 航が再会したと言っていた晴香。藤崎晴香のことはなんとなく覚えていたが、どんなに卒業アルバムをくまなくめくっても見つけることができなかった藤崎晴香が、今ここにいる。
ーひとちがい?どうせいどうめい?
 桜子は何が起こっているのか、何が起ころうとしているのか、くらくらとする自分を感じた。
ーせいりしなくちゃ。
 ひなのがさっき「あのひと」と耳打ちした。
 深夜に現れる霊もどきがこの女性にそっくりだということだ。
 自分も一度、航とのセックスのあとに窓ガラスに映った女性を一瞬見た。
 もしかしてひなのが言う女性と同じ人じゃないかと思い始めていた。

「どうかされました?」

 整理がつくまえに晴香から再び話しかけられた。
ーどうしよう。
「もしかして同級生の晴香さんですか」
 とっさの返事だった。
 何も意図したわけでもなく、もうこれしかないと思って口に出したわけでもなく、ましてや学生時代に藤崎晴香を名字ではなく名前で呼んだことなんてまったく記憶がない、思いもよらない自分の反応に桜子自身も驚いていた。
「え」
「同級生の晴香さんですよね」
 今度は落ち着いて言えた。晴香も驚いている、そんな気がしたからだ。
 確かにいきなり唐突にそうくるとは晴香にとっても予想外だった。

ー流れに任せる。
ー流行に任せる。
 晴香も桜子も同じ思いを自分に言い聞かせ、互いに見つめあっていた。

(続く)
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# by hello_ken1 | 2009-04-26 22:13 | Midnight Zoo

Midnight Zoo #14

「なにか」
 晴香は自分に向けられているであろう視線に向かって、低く静かに確認の言葉を投げかけた。
 店内の照明の加減で、相手の顔は多少逆光気味になっている。
ーこっちの顔は見えてるのかなぁ。分が悪いなぁ。
 なんとなくそんな感情が心をよぎった。
 目を少し凝らして見ると、ひとりの女性が自分の方をじっと見つめていた。その女性に重なるように、少し身を隠すような位置でもうひとりの女性も自分に視線を向けていた。

「初めてですよね」桜子はためらいがちに言葉を返してみた。
「いいえ、何回か来てますよ」
ーどう尋ねればいいんだろう。
 まだ残っているピンクのカクテルに口をつけると、桜子は決心したように続けようとした。
「そうじゃなくて」
 ひなのが自分の腕をつかんでいるのがわかる。
「お会いするのが初めてじゃない気がしたものですから。でも確信がもてないので人違いだったらごめんなさい」
ーもうひとりの自分が「よくさらりと言葉を続けられたね」とわたしをほめている。
 桜子はそんな気がした。

ーやっぱり分が悪い。
「よくお顔が見えないの」
 晴香のその返事に、桜子は少しだけ身を前屈みにして明かりの下に顔を出した。桜子の腕をつかんでしたひなのも引っ張られるように多少明かりの下に顔が入った。
ー確かに初対面の気はしない。
 晴香は眉間に少しだけ皺を寄せる自分を意識した。
「思い出せないわ、ごめんなさいね」
 とりあえずそう答えてみた。

ーわたしの勘違いかも。
ーそう?かな。似てない?
ーうーん。
ー航から聞いたひなのちゃんのところに現れる女性に姿形は似ていると思うよ。
「でもね、桜子さん」
 ひなのの声が少しだけ大きくなった。耳元でささやくような声から近くにいるお客さんにも届くような声だった。

「さくら、こ」
 桜子とひなののひそひそ話が伝染したかのように、晴香は聞こえた声を小さく復唱した。
「はい?」
 呼ばれたと思い、顔を振り向けた桜子と晴香は一瞬見つめ合った。
「桜子、美並桜子と言います。やっぱりどこかでお会いしてますか?」
 
 晴香は、桜子それも美並桜子の名前で記憶に触れるものがあった。
ー桜子、美並桜子、もしかして同じ学校の桜子さん?
 そして、あの日、窓ガラスに映っていた女性の顔を思い出していた。
ーあの日、汐崎航と戯れていた女性は桜子さん?
 でも、
「いえ、そうかも知れないし、そうでないかも知れない。思い出せないの」
 と薄い微笑みを桜子に返した。
「やっぱりわたしの勘違いよ、きっと」
 そう桜子に話しかけた女性の顔がちょうど照明の真下になった。
ーえっ。
 晴香の口をついたその言葉は桜子とひなのの耳に届いた。

(続く)
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# by hello_ken1 | 2009-04-26 22:00 | Midnight Zoo

きみのもしもし #110

 ズボンのすそなんてびしょぬれで、きみの部屋に着いた。
 袖とか手とかを拭くために、きみがタオルをぼくに手渡す。
「もしもし、靴下は脱いでください」
 きみが微笑んでいる。
「大きめのトレーナーがあるから、ズボンも履き替えたらいかが」
 苦笑いをしながら、ぼくはとりあえず椅子に腰を下ろす。
 きみは温かい珈琲をぼくに差し出す。
「もしもし」
 なんでしょう。
 振り返るぼくの耳元できみがささやく。
「今日はここで一日。ね、雨も悪くないでしょ」
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# by hello_ken1 | 2009-04-26 13:44 | きみのもしもし