人気ブログランキング | 話題のタグを見る

今は「Midnight Zoo」と「きみのもしもし」を掲載中
by hello_ken1
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31


coffee




coffee anyone?, originally uploaded by _rebekka.

「どんな子がいいかなぁ」
ぼくの足下に背中をこすりつけてくるネコ。その白と銀色の毛並みにレンズを向けるぼくに、きみは尋ねてくる。きみはカフェのテーブルに両肘をついている。
「あなたのそばには、ほんとにどんなネコが似あうのかなぁって考えてみたの」
きみはいたずらっぽく微笑んだ。
「ほんとはもう決めてるけどね」

夏の終わりの公園の朝、七日間の使命を終えようとしていた蝉に臆病な戦闘モードで身構えたネコの記憶が、きみによみがえっているのか。

「ねぇ、手をつないで」
テーブル越しにそっとつないできたきみの左手はほんの少しひんやりとしていた。
「寒いの?」
「もうここは秋だもの。ちょっとね」
きみは入れ立ての温かいコーヒーを一口飲んだ。
となりのイスにかけておいたぼくのジャケットをきみに手渡す。
「今夜の夕食まで体調は維持しないとね。せっかく予約とったし」
きみの顔に笑顔が広がる、楽しみにしているのが素直に伝わってくる。
「どんなコースがあるの」
「二種類かな。でも、魚も肉も食べられるコースの方を頼んどいた」
きみはひとまわり大きいジャケットを肩にかけ、空を見上げた。確かに雲は秋の形に変わっている。
「ありがとう。こうしてずっとそばにいれるといいのにね」
きみはこの言葉の意味をレストランで静かに話し始めた。

よく思い出してみると、あの雨の日に病院に検査に行って以来、きみは不可解な言葉をよく口にするようになっていた。
「伝えたいことがあるの」
コース料理も終わり、デザートのコーヒーを目の前に、きみは静かに、そしてまっすぐにぼくを見つめた。
「いつかって誰にもわからないけど、そろそろかなって気がするの。少しずつ辛くなってきているのは事実だから」
からみつく寂しさ、それはぼくの予想を越え、心を冷たく締めつけた。
「わたし、今はあなたに頼ります」
その言葉にぼくは自分を戒めた。
「ずっときみのヒーローでいるから」
「うん、でもね。いつかはわたしを頼ってね。それが忘れないってことだから。いなくなっても頼りにしてね。それってとってもうれしいことだから」
そこにはぼくよりもずっとずっと大人のきみがいた。泣き崩れてもいいくらいの怖さをぐっと噛みしめているきみがいた。
「あなたがそんな顔しちゃだめでしょ」
すでにヒーロー失格になりそうなぼくを、きみが作り笑いで支えようとする。
「笑って。あなたの笑顔がわたしの勇気になるんだから」
きみはゆっくりとコーヒーに口をつけた。

真っ暗な道を走るレストランからホテルへの帰りのタクシーの中できみが聞いてくる。
「いい?」
きみの肩が震えている。ぼくはうなずき、きみの肩を支える。
ホテルに着くまでの永遠とも思える数十分の時間の中で、きみのむせび泣きは、ぼくに自分の無力さを再認識させ、そして、ぼくのきみへの強い思いをも再認識させた。
タクシーを降りたぼくらふたりを満月の柔らかい明かりが包む。
「化粧、変じゃない?」
「誰ももとの顔を知らないから、大丈夫だよ」
ぼくは涙が乾ききっていないきみの頬にキスをした。ぼくの首に両手を回すきみに少しだけ笑顔が戻っている気がした。
by hello_ken1 | 2005-09-19 02:55 | EndlessGoodTime
<< Cat in Bag 寝息 >>