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Midnight Zoo #36
「終電に乗ってご登場」
瑛太が笑いながらカウンターから手を振ってきた。 「おそいぃ」 ひなのの笑顔もくったくがなかった。 航はコートを入口横のポールに掛けると、すべりこむように瑛太の右隣りに座った。 ひなのは入口から遠い方、瑛太の左隣りからカウンターに左頬をつけるような仕草で笑いかけてきた。 「マスター、ホットウィスキー」 冷たい頬に両手を当てながら、航はオーダーをすませた。 「おいおい、何かいつもと違うな」 「そうよ。変」 今度は出されたホットウィスキーを両手で包むように口に運んだ。 「おっ温まるなぁ」 瑛太とひなのはそんな航をじっと見つめ、航の次の言葉を待っていた。 「変じゃないよ。いつもと変わらない」 そして香り立つウィスキーをまた口にした。 「でも、たまには少し変化をもたせてもいいだろ」 「それもちょっと意味深だろう」 瑛太は間髪を入れずに言葉を返した。 ひなのもそれに続く。 「そうよ、そうよ。桜子さんもいなくて、いつものお店でもない。絶対、何か変。実は何かあるでしょ」 ー終電も終ったばかり、夜はまだ長い。 航は遅れてきたせいでアルコール分量的にふたりに出遅れた分を取り戻すべく、2杯目からはモルトウィスキーをストレートで頼んだ。 「やっぱり変だぜ。いつものようにジンのオンザロックにしないのか」 マティーニをオンザロックで飲んでいる瑛太が、ライトに照らされているストレートグラスに首をかしげる。 「でも、きれいね。その琥珀色」 航の目の前からグラスを取り上げると、ひなのは自分の目の高さにグラスを持ち上げ明りにかざした。 ー確かに綺麗な色だ。 3人でなんやかやととりとめのない世間話に花を咲かせているうちに、店内はひとり去りふたり去りしていた。カウンターのひとりは半分うたた寝をしているようで、唯一のテーブル席のカップルは自分たちの世界を醸し出していた。 「ちょっとお手洗い」 ひなのが立ち上がったタイミングで、瑛太が少しだけ航の方に身を入れ、誰も聞く耳を立てないだろう今の店内なのに、小声で話しかけてきた。 ー何があった。 航はその言葉を待っていた自分を感じた。 自分から言い出すべきなんだろうけど、何となく言い出せずにいた自分を認めた。 ーひなのちゃんのところに最近、以前のように深夜に人影は現れなくなってるんじゃないか。 瑛太は少し驚いたように目を見開き、 ー確かに最近は話は聞かない。聞き出して思い出させてもよくないので、俺の方から聞き出そうともしていない。でも。 ーでも、たぶん現れていないと瑛太も感じているんだろう。 ーそうだよ。 ーしばらくは現れないと思う。もしかしたらかなりしばらく。そしてもう現れなくなるかもな。 瑛太はマティーニのお換わりをそっと目配せで注文すると、したり顔でまた航側に身を入れた。 ー何かあったんだろう。 ーあったんじゃないよ。続いてるんだ。 瑛太の肩越しにひなのが戻ってきたのが見えて、航は言葉を止めたが、そこに立っているのはひなのではなかった。 壁の木目が少し見えるほどの透明な存在感から、そこにいるのは晴香なんだと、それももう1人の晴香なんだと航は思った。 「おっ戻ったのか。次は何を飲む」 航の視線を追うように左側に振返る瑛太は、戻ってきたひなのに話しかけた。 「何話してたの、ふたりでこそこそと」 「男だけのエッチな話さ」 キャッチボールをするような恋人同士の会話、そのふたりは紛れもなく瑛太とひなのであり、もう1人の晴香はすでにそこにはいなかった。 「航さんがぽかんとしてる」 「そんなことないよ」 そう言ってグラスに口をつけ、航が何気にカウンターでうたた寝を始めていた客に視線を流したとき、その隣にはさっきまでいなかったはずの女性がひとり腰かけていた。 (続く) #
by hello_ken1
| 2010-03-07 11:21
| Midnight Zoo
Midnight Zoo #35
その晩、遅い時間に航は瑛太と待ち合わせをしていた。
いつものバーではなく、顔見知りがいないバーを選んでみた。 いつものバーでもそれほど深い知り合いがいるわけではなく、会釈程度の知り合いくらいしかいないはずだが、何気にお店を変えてみた。 小さな蝶の羽ばたきが地球の裏側で台風を起こす、最近航が電車の中刷りで目にした一文。そうかも知れない。だったら身近な何かをほんの少しでも変える事によって、何か思いもつかない変化が起こるのかも知れない。安直だとは思ったが、航は試しに今夜のバーを変えてみた。即効性なんて期待はしていない。ただ気分の切替えにはなるだろう。 「悪い、もう少し遅れる」 航はいつもより遅い時間で瑛太と待ち合わせをしたにも関わらず、また地下鉄の中にいた。電車が途中駅に着くタイミングで携帯からメールを送った。 メール送信ののち、ひとつのめの駅についても、ふたつめの駅でも瑛太からの返信は確認できないでいた。 終電近い地下鉄はほろ酔い気分の乗客が少しずつ増え始め、歓楽街の駅を出る頃にはそれなりの混雑となっていた。 ーあれ。 航の斜め前で、電車のドアに軽く押し付けられるようにして携帯を覗いている女性の横顔を見たとき、航は不思議な感覚に包まれた。 そこにいる女性の輪郭のはっきりとした眼、ちょっと小さめのでも形の整った鼻筋、そして淡いピンクの清涼感のある唇、すべてが晴香のそれに酷似していた。 ーもうひとりの晴香が姿を見せるには早い時間帯なんだけど、じゃあリアルの方かな。 最近、現実と異体験の境がグレーになってきてるんじゃないかと、航はたまに感じることがある。そんなときに感じる足元が数センチ地上から浮いている、目の前のものに触ることができないんじゃないかという、そんな不思議な感覚が、今この電車の中で航を包んだ。 ー目が合わないかな。 目が合えば、その女性の反応ですべてが解決する、自分がこんな感覚になっている以上、相手の反応に頼ろうと、航は思った。 そんな思いで、テレパシーでも送り込むように、航は押された身体をドアに任せるように立ちながら携帯を覗き続けている女性をじっと見つめ続けていた。 「大丈夫。お前はいつも遅刻するから、今夜は先にひなのを横に座らせている」 次の駅に着いたとき、突然航の携帯が震え、瑛太からの返信を知らせた。 ふいをつかれたように震えた携帯で多少慌ててメールを確認した航が意識をまた女性に戻したとき、まさに開いたドアの動きに合わせるように女性は顔をあげた。 ーそうだよな。ここは現実世界そのとおりなんだから。 顔を上げて一度車内に目を向けた女性は晴香に酷似なんてしていなく、当然まったくの別人で、下車する人々の流れに身を任せるようにその駅で電車を降りた。 ー意識しすぎてるのかな。 航はほんの少し安堵する気持ちを覚えながら、瑛太に返信を送った。 「もうすぐ駅に着くよ」 「今夜は3人みたいだけど、まっゆっくり飲もうぜ」 瑛太の今度の返事は早かった。 いつものメンバーに桜子だけ欠けている今夜。 少しだけ何となく罪悪感を感じつつ、航は携帯を胸ポケットに仕舞った。 (続く) #
by hello_ken1
| 2010-03-07 11:21
| Midnight Zoo
きみのもしもし #131
ーもうしわけないけどさ。
ーん。 ーなんとなく。 ーもしもし。 ー。。。 ーまたね。 今日は誰とも会いたくない。今日は誰とも話したくない。 朝起きて、瞬間に感じた感覚。その感覚がまだ続いている。 きみと約束をしていたわけでもないけど、 けど、きみからの誘いがあったら気まずくなりそう。 だから先に言ってみた。 付き合い長いからきみは分ってくれてるけど、 けど、またさみしくさせたんだろうね。 きみのもしもしが静かに心に染み込んでくる。 #
by hello_ken1
| 2010-01-24 11:06
| きみのもしもし
Midnight Zoo #34
晴香はベッドサイドに立っている半透明なもうひとりの自分をぼんやりと見上げていた。
ーおかえり。 丁度もうひとりの自分が晴香自身に戻ろうとしたときだった。 晴香の一言がふたりの間にほんの少しの時間を作った。 ー素直に受け取っていいのかなぁ。 ーさぁ、どうでしょうねぇ。 その返答に半透明な晴香がくすりと笑った。 そして、ベッドの中の晴香もそのちっちゃな笑いにつられて口元が緩んだ。 ーまた航さんとこ? ー見てたんでしょ? ー見てたんじゃなくて、見えてたのよ。でも、いいね、気軽に話せるようになって。そうやってどこにでも行けるってうらやましいわ。 また半透明の晴香はくすりと笑った。ただ今度の笑いは何かを思い出しているようだった。 ーあなたが寝入ってから朝までって制限あるんだけど。正確には日の出か、またはあなたの目覚めまで、ね。 ーそうね。おかげさまでわたしは夢を見ない夜がなくなったわ。 半透明な晴香は、目の前で半分眠っているはずの晴香の中に戻るのを少しためらった。 ー何が言いたいの?わたしを無くす方法が見つかったの? ーあなたこそわたしの身体を独り占めしたかったんじゃないの? 半透明な晴香は首を横に振りながら、そっとベッドの中の晴香に戻っていった。 朝日が寝室のカーテンの色を外から明るくし始めている。その色をぼんやり見つめながら晴香はベッドから起き出し、ほんの今までここにも立っていたはずの自分と立ち位置を重ねてみた。 その場所から改めてまだ自分の体温が残っているベッドを見下ろし、肩越しに朝日の気配を感じる。わたしのこの肉体を、昼間のわたしの時間までも自分のものにしようとしていたもうひとりの自分の雰囲気が変わってきたのを何となく感じた。 以前のように挑戦的でもなく、また強気に昼間の晴香を否定していた最近までのもう1人の自分とは、印象が変わっている。現実の肉体はどうあがいてもひと つしかなく、虎視眈々とこの肉体を狙っていたはずなのに。肉体ごともうひとりの晴香が主導権を握って、昼間の、そうすべての晴香という時間とそれに関わる すべてのものを自分ひとりのものにしようとしていた。 「何が彼女をそうさせたんだろう」 晴香はすでに答えがわかっている質問をあえて口にしてみた。口にすることでもうひとりの自分を理解しているのだと、少しでも自分に言い聞かせるがために。 ー元はこのわたしなんだから、同じ人に好意を抱くのは自然の流れなんだろうな。 中途半端かも知れないが、今のまま昼と夜の別々の晴香が存在する方が幸せなんじゃないかと最近考えるようになってきていた。 ーきっともうひとりのわたしも同じように思い始めているじゃないかな。それに、、、 せっかく仲よくなった桜子の彼氏を奪えてもまた自分はひとりになってしまう、桜子とひなのとの楽しい時間を思い出すと、航がそばに来てくれてもそれだけだと辛すぎると。 目覚めの珈琲を入れて、部屋中に珈琲の香りを満たしながら、晴香は思っていた。 ーもうひとりの晴香を通せば桜子を失わず、航との時間を共有できるんだもの。 それもいいのではないかと。 (続く) #
by hello_ken1
| 2010-01-17 10:31
| Midnight Zoo
きみのもしもし #130
正月深夜、右手がとっても冷たいことに気がついた。
テレビはターンオフ、遠くで除夜の鐘が鳴っている。 「きみの手は温かかったね。柔らかかったし」 そんなことを思い出し、オンザロックのジンを喉に流し込む。 ーもしもし、お尻の下に手をいれると温かいよ。 鐘の音の合間に、きみの声が聞こえてきそう。 「確かに温かいね」 そしてまたグラスにジンを注ぐ。 ー新年早々、そのくらいにしといたら。 いないはずのきみの声が聞こえる。 ぼくは少し人恋しくなっているのかな。 冷たいグラスを明かりに照らし、きみの笑顔を思い出してみた。 #
by hello_ken1
| 2010-01-02 16:00
| きみのもしもし
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