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きみのもしもし #124
ーこんな時間に何をやっているんだろう。
自分自身に問いかける。 「ちょっと歩きすぎたかな」 たくさんたくさんきみと歩いて、ここにたどり着いて、ぼくは冷蔵庫のジンに柚子を搾って喉を潤した。 柚子の香りに誘われて、きみも一緒にジンを口にする。 「先に寝てるね」 「ぼくはも少しだけ」 そうは言ったものの、歩き疲れたぼくも気づくとソファーでうとうとと。 そして今、水滴のついたジンのグラスを目の前に、ぼくは妙に目が冴えている。 ー本でも読むか。 きみの本棚からてごろな本をさがしてみる。 「どしたの」 きみを起こしちゃったかな。 「目が冴えちゃって、何か本でも読もうかなと」 きみは少し間をおいて、唐突な提案をしてくる。 「わたしに本を読んで聞かせるってのはいかが」 「絵本?」 「違うよ。普通の本、どれでもいいわ」 きみはぼくの横に立ち、本棚から一冊の本を抜き出した。 「これがいいな。これにしよっ」 そしてぼくにその本を手渡す。 「わたしベッドで横になるから耳元で読んで聞かせてね」 ぼくが本ときみとを交互に見ていると、 「もしもし、襲っちゃだめだよ、ちゃんと寝つくまで読んでね」 きみは笑っていた。 #
by hello_ken1
| 2009-10-18 11:16
| きみのもしもし
Midnight Zoo #28
ーわたしが希望して、わたしが存在しているわけじゃないのよ。
航はだまって頷きながら、その女性の次の言葉を待った。 ーあの子も、そう昼間のあの子も希望してわたしを生み出したわけじゃないし。 でも、窓ガラスに映るその女性の表情は活き活きとしているように、感じた。 ー母親の淫らな、そうね、あのときは淫らなんて思いもよらなかったんだろうな。怖くって自分も襲われちゃうって感覚が、父親に助けを求めたのね。 ため息が聞こえてくるようだった。 ーそしてわたしが父親のもとへ飛んだ。 ーちがうわ。 ーまだ、そのときはわたしじゃなかった。 ーあの子の意識が父親の場所に飛んだのよ。 ーあのときはまだわたしはあの子の意識の中にいたのか。うーん、よく分らないわ。 ーただ、あの子はさみしくなると、ひとりでいることに押しつぶされそうになるとその度に、会いたい人に向けて意識を飛ばしだしたのね。意識を飛ばせば会いたい人に会えるってわかったから。時間を誰かと共有することで自分を救おうとしてね。 ーすごいことよ。さみしいって気持ちが意識を飛ばせるようにしたんだから。 ーそれを繰り返して、いつの間にか、それを楽しいと思うようになったのね。 ーそれがいいことだったのかはわたしにも分らないわ。 ーでも、その繰り返しがわたしを覚醒させたのかなぁ。 ーて言うか、覚醒って言うよりももうひとりのあの子が、あの子の寝入った後にその楽しいことを楽しみはじめた。 ーそれがわたし。 「でも、助けて欲しいとぼくに言ったんだよ」 航は饒舌すぎるその女性に少し反論してみた。 ーそれはあの子。 ーもともとあの子が飛ばしている意識がやっていることを、わたしがやっているだけ。 「あの子の意識が今のきみだと」 その問いかけにはその女性は答えなかった。 ーでもね、いろんなものを見ていると、思うのよ。 ーわたしだったらもっと積極的にいろんな人と話ができる。好きな人ができれば告白もしたいって思うじゃない。 ーだからわたしがあの子になるの。あの子がもう一歩だけ踏み出せなかった、その一歩をわたしだったらかるーく踏み出せるもの。 ガラス窓の眼が光り、航は足元に爬虫類の肌の冷たさを感じた。 ーそう、わたしがあの子になって、するともうあの子はもういらないのよ。 ー存在そのものをわたしだけにする。 ーだってうじうじした性格なんて、うっとうしいだけじゃん。 ーそれに藤崎晴香がふたりもいたんじゃ、みんなが混乱するでしょ。 ーわたしがもっともっとあの子の人生を楽しいものに変えるの。 ガラス窓の口元が笑っている。 ーあら?そのときはもうあの子の人生じゃなくて、わたしの人生ね。 ー皮肉なものねぇ。あの子の意識から生まれたわたしがあの子の人生を楽しいものにして、でもそのときにはあの子はもう楽しいってことが分らない。 ーふふふ。ね。 「でもさ」 航は桜子から聞いた晴香の話を思い出し、ガラス窓に向って話しかけた。 (続く) #
by hello_ken1
| 2009-10-12 18:48
| Midnight Zoo
きみのもしもし #123
ーメールもいいけど。
深夜のきみとのメールの中の一言。 ー声も聞きたいと思うけど。 けど、で改行されるきみからのメール。 どうしたんだろう、もう少しだというのに。 深夜の時間が、そんな時間のこの雨音がそうさせるのか。 いつものリズミカルなきみのメールじゃないな。 ー誕生日だね。おめでとう。 数分後、日付が変わり、きみはぼくの歳にひとつ近づいた。 ーうん。 でも、いまひとつ明るくない。どうしようかな。 メールのキャラクターでも、電話の音声でもないもの。ましてや買ってきたものでもなく。 ぼくは少し考える。 「角の取れたあなたの書く字、好きだな」 そう言えば、きみは以前にそう言ってたね。思い出したよ。 ぼくはまた少し考える。 「おめでとう」 ぼくの手書きのおめでとう、それを携帯の写真に撮ってメールに乗せる。うんこれだな。 どうかな。気に入ってもらえたかな。 それからまた数分後、きみからのメールが届いた。 ーもしもーし。 なんとなくリズミカル。そして携帯が鳴った。 「もっしもーしっ。あのね」 #
by hello_ken1
| 2009-10-03 22:49
| きみのもしもし
Midnight Zoo #27
航が思った通り、キッチンでは輪郭すら完全にわからない姿が、窓ガラスには鮮明に見て取れた。日中見るように明るくすべてが見えるわけではなかったが、窓ガラスに映った姿はきちんと存在感を放っていた。
そしてその女性も窓ガラスからしっかりと航を見据えていた。 「きみがそこからぼくを見ていられるのも夜のうちなんだろ」 ーそうね。 「じゃあ今回は多少は時間がありそうだな」 その女性は苦笑いをしたのか、どうしようもない悲しさを一瞬表したのか、航は判断できなかった。 「ところできみは今、キッチンにいるの?窓ガラスにいるの?」 変な表現だなと航は自分でも思ったが、今度は女性に笑みが浮かんだ気がした。 「うーん、キッチンに現れてるんだけど、それを写している窓ガラスの方がぼくに伝わりやすいってことかな」 ーどうなんだろ、わたしにもわからないわ。あなたが話やすいほうに向って話せばいいんじゃないの。 キッチンに感じる人影は相変わらずとらえどころがなさそうなので、航は窓ガラスに向って話をすることにし、少し冷めた珈琲にまた口を付けた。 ほんの少しの沈黙の間に航は多少肌寒さを感じたので、ソファの背に掛けてあったトレーナーを肩にかけた。そして航はやはりここから話を始めた。 「きみは藤崎晴香なのかい」 ーいきなりね。 「避けて通れないだろ」 足元だけ、正しくはくるぶしまで少し冷気が増したような気がした。 ーまだ晴香じゃないわ。 まだ? ーそう、まだね。 「、、、ぼくが口に出さないことも読み取れちゃうのかな」 くくくと輪郭が笑った気がした。 ー全部がぜんぶ読み取れるわけじゃないから、怖がらなくてもいいのよ。きっと波長が交差したときとかじゃない。 「余計わかんないよ」 ー例えば気が動転したときとか。そう言えば分かり易い? なるほどね。 「確かに「まだ」ってのに心が反応したね」 今度は足元の冷気が揺れたのを航は感じた。 ー夜しか出歩けないって、つまんないのよね。 「でも、いろんなところに出没して、いろんなもの見れてるから楽しいんじゃないの」 航の脳裏に、ひなのの話、桜子の話が思い出された。そして楽しいとは決して言えないだろうが、先日の未明に桜子の洗面台の鏡に現れていたこの女性のことも。 ーでもね、藤崎晴香はひとりなのよ。 「その晴香を夜のきみが独り占めしたくなったってこと?」 窓ガラスの映っている女性の眼がキラリと光ったのを、航は見逃さなかった。 ーうぅん。 そして女性の輪郭は首を横に振った。 ー独り占めとか、そんなんじゃないわ。 (続く) #
by hello_ken1
| 2009-09-27 00:06
| Midnight Zoo
きみのもしもし #122
ー夜更かしばかりして、もしもし、わかってる?
ー大丈夫、明日は遅刻しないから。 ーそろそろ、寝てね。 ー大丈夫、もう少ししたら寝るからさ。 ーその大丈夫で、昨日は遅刻でしょ。 ー明日は大丈夫。 ーもーっ、もしもし、わかってる? ーほんと大丈夫だから。 ーだったらもう寝ましょ。 ーうん、あとちょっと本を読んだらすぐ寝るよ。 ーそれって、すぐって言わない。 ーだいじょーぶ。 ーもしもしっ、知らないからね。 そしてきみからのメールは途切れた。 明日の買い物お付き合い、絶対遅刻はできないな。 あと10数ページ、読んだら寝るからさ。 #
by hello_ken1
| 2009-09-23 03:38
| きみのもしもし
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